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やまかわこどもクリニック

やまかわこどもクリニック

山川 毅院長、山川 聡副院長

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2017年に開院30周年を迎える山川小児科医院は同年6月19日「やまかわこどもクリニック」にリニューアルした。山川毅院長の続投はもちろん、息子の山川聡先生が副院長に就任。日本小児科学会小児科専門医2人による診療体制やウェブ予約システムを整備し、院長いわく「笑顔と熱意でやっていた」医院がさらに洗練されて生まれ変わった。正面のテラスにはカラフルな滑り台。院内はかわいらしいアートで囲まれ、具合の悪い子どもさえ心が踊るような空間に。子どもへのあふれる愛情が感じられる2人に、入り口に掲げられたリンゴのモニュメントに込められた思いや、新旧の長所を融合したクリニックの姿を聞いた。
(取材日2017年6月12日)

子どもの「総合医」となるために小児救急を経験

―お二人が医師をめざしたきっかけを教えてください。

【院長】私は大学受験時、成り行きで志と異なる医学部に入り、医師になることを心に決めたのは2年生のときです。小児科を選んだのはやはり小児医療に興味があったからですね。学問的にも内容が豊かでした。名古屋市立大学と大学院を卒業し同大学病院に勤務した後、現在の香川大学医学部の助教授となりましたが、研究や教育よりも臨床を主にしたいと名古屋に戻り開業しました。
【副院長】私が小児科の医師になったのは、未来を担う子どもたちを元気にする医療にやりがいを感じたからです。そして何より、子どもに慕われる父の姿を見て育ち、自分もそのような医師になりたいと思ったから。父は成り行きで医師になったと言いますが、私たち家族や祖母から見れば、なるべくして小児科の医師になった人です。私も小児科の開業医として父とともに働きたいと、子どもの頃から考えていました。

―どのような分野が専門でしたか? 

【院長】勤務医時代は主に未熟児、新生児医療を中心に一般小児の救急医療に携わりました。小児医療を行う場合には、臓器の区別なく体のすべてを管理しなくてはなりません。将来のある子どもたちに、病気による障害を残すことはできませんから、ひとときも油断できない現場でした。私が1987年の医院開業日に9月9日の「救急の日」を選んだのは、いつでも診るのだという意識を忘れないためです。
【副院長】私も小児救急に積極的な名古屋第二赤十字病院やあいち小児保健医療総合センターで小児救急に携わるとともに、小児腎臓科に所属しました。私がめざしていたのは小児科のゼネラリスト。透析などを行う腎臓科では全身管理が必要となる重症患者を担当することが多く、どんな症状でも診られる医師になるために多くを学ぶことができました。

―全身をしっかり診ることを大切にしているのですね。

【副院長】父も私も子どもの「総合医」でありたいのです。もちろん腎臓科所属当時は重症の子どもを治してあげたい一心でしたし、一般の小児科開業医の立場では専門的な腎疾患治療はあまり行いませんが、一番厳しい状態を知っていることは開業しても役に立ちます。学校検尿で問題があった子にいち早く対応したり、夜尿症に悩む子をフォローしたりすることもできるでしょう。父も私も、厳しい現場を経験したからこそ一般小児はすべて診られるという自信があります。もちろん専門に近い症状はそれぞれが担当するという場合は今後あるでしょうが、全体としてすべての症状を2人体制で診療できることは当院の強みです。



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