高瀬 義昌 理事長の独自取材記事
医療法人社団至高会 たかせクリニック
(大田区/武蔵新田駅)
最終更新日:2023/09/11

武蔵新田駅から徒歩3分の場所にある「たかせクリニック」は、高齢者に特化した在宅医療中心のクリニックだ。理事長の高瀬義昌先生は明るくパワフルで、ひょうひょうとした雰囲気のドクター。インタビューでは多くの冗談も交え、その気さくで優しい人柄が、訪問先の高齢者たちにも親しまれているのだろう。一方で高瀬先生は、社会が将来的に直面する医療問題を常に見据え、医療業界にとどまらない幅広い人脈を生かして、行政とも協力しながら問題解決にも取り組んでいる。家庭医学を基本とし、チームで高齢者ケアを行う同院の在宅医療の在り方を踏まえながら、高齢化社会で増え続ける認知症者を家族、社会はどのように受け止めていくのか、高瀬先生に大いに語ってもらった。
(取材日2015年8月31日/更新日2021年10月1日)
20年、30年先を見据え、家庭医学の重要性を見抜く
先生が医師を志したきっかけを教えてください。

祖父が産婦人科の医師だったんですよ。でも父親は普通の会社員でしたから、医学部は金銭的にも大変だし一回は諦めたんですが、高校生の時、教師に「医師になるべきだ」と説得されたんですね。僕は麻布中学校・高校の出身なのですが、医師で作家の北杜夫さんの出身校でもあり、その影響を受けていた私は、彼が学生時代を過ごした松本か仙台の医学部をめざしたんです。われながら何も考えずに進路を決めたものだなと思います(笑)。浪人をして信州大学の医学部に合格。大学では良い先輩に恵まれました。
高齢者在宅医療に特化したクリニックを開業した経緯を教えていただけますか?
信州大学では精神科と小児科を勉強し、卒業後は獨協医科大学越谷病院の麻酔科に行ったのですが、手術室の中よりも外でプライマリケアや、精神科をやりたいという思いがありました。1989年頃、信州大学の先輩で、現・国立病院機構本部医療部研究課課長の伊藤澄信先生と、現・国際医療福祉大学大学院教授の武藤正樹先生が、今後は家庭医学が大事になってくるという留学レポートを出されていました。当時の厚生省も家庭医学や地域医療を見直そうと興味を持っており、私も家庭医療研究会に出入りするようになって、患者の人生すべてに関わる家庭医学の面白さを知りました。当時、私は体を壊してしまい、「自分が好きなことをやらないとダメだな」と一層思うようになっていて、行動科学やカウンセリング、コーチングなどを重視した医療に取り組むべく、2004年に在宅医療中心のクリニックの開業に至ったわけです。
家庭医学とはどのようなものなのでしょうか?

1人の医師が内科、小児科、精神科、ちょっとした外科、時にはお産まで行う地域医療で、現在多くの先進国で制度として存在しています。また、一般の人たちの健康観や病気への概念と、臨床結果に基づく医療とのギャップを修正し、Plan-Do-Check-Action(PDCA)の仕組みに乗せるのも家庭医学では重要です。例えば、喘息で学校に行けなくて、薬も飲まない子どもがいるとします。家庭環境を聞くと、両親は毎晩別々にお酒を飲みに出かけている。これでは子どもの面倒を見る人がいません。そこで両親に「一週間に1度、一緒に飲みに出かけてください」と言います。これが「行動の処方箋」です。すると親は子どもに目が向くようになり、結果子どもは薬も飲み、学校にも行けるようになる。これらは医師でなくても、看護師や薬剤師がカウンセリングやコーチングができて、それを医師にフィードバックできれば構いません。
認知症を悲観せず、早めの検査・対応を行うことが重要
開業から17年が経過しましたが、現在の状況はいかがですか?

現在、550人の患者さんがいます。医師も複数在籍していますから大変ではありますね。役所から「認知症と思われる独居の高齢者を診てほしい」といった依頼があると、われわれが向かいます。その後は必要に応じて薬剤師や看護師、ケアマネジャーなどとチームを組んで、月に2回、定期的に訪問します。各患者さんにはプロブレムリストといって、課題を抽出して少しずつ掘り下げ、それに対する解決策を考えていきます。認知症といっても、すぐに課題に取りかかることで早期解決できるものもありますし、正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫、てんかんといった脳の疾患による認知症は、手術や薬による改善が期待できます。また、歩けない・食べられない・会話が成立しないといった状態であっても、歩けるようになって、食事もできるようになり、認知機能が上がったという患者さんもいます。認知症になったら終わりだと思わないで、どうか早めに検査を受けてください。
急速な高齢化の中、地域でどのような取り組みをされていますか?
現在の認知症患者は600万人弱、2025年にはおよそ700万人まで膨れ上がると考えています。認知症の方が認知症の家族を介護する「認認介護」というケースもあります。大田区の「おおた高齢者見守りネットワーク」では、お年寄りにタグをつけてもらい、行き倒れになった時など、身元や家族がどこにいるかが地域包括支援センターでわかるようになっています。これによって発見から入院までの流れが速くなりましたね。認知症は早期発見・早期対応が重要です。認知症の中には、治せる認知症もあるということ自体が知られていませんから、今後啓発していく必要があると感じていますね。
認知症と疑わしい症状にはどのようなものがありますか?

2つのことが同時にできないとか、季節に合った服を選んで着られない、同じものをいくつも買ってくる、それにお金の管理ができないといった症状が代表的です。あとは旅行先で違う人のパンツを履いて帰ってくる、日時・場所がわからないという見当識障害ですね。認知症は誰でもなり得る病気ですから、75歳前後になったらある程度、本人も家族も覚悟をしておいたほうがいいと思います。おかしいなと思ったら、しかるべきかかりつけ医に相談して、できれば地域の認知症疾患医療センターで鑑別診断を受けてください。また全国各地にある「認知症の人と家族の会」では、曜日や時間帯によっては電話相談もできますから、その存在も知っておいてほしいですね。認知症だからと悲観せず、まずは検査を受けることが大切です。
家で看取ることを恐れないでほしい
先生のご趣味を教えてください。

大学時代にジャズバンドでピアノを弾いていて、有名なアマチュアバンドオーディションで残って演奏したんですよ。私は下手くそでバンドの足を引っ張っていましたけどね(笑)。高校時代には、好きだったフォークグループのコピーバンドもしていました。麻布高校の大先輩には世界的に活躍するジャズピアニストもいて、麻布学園創立120周年記念演奏会で演奏されていましたよ。私は今は聞きに行くだけですね。
今後の展望についてお聞きします。
これから在宅医療で開業しようと思っている先生たちが勉強する場をつくりたいです。どんどん薬が増えていくのではなく、薬とケアの最適化に向けたコーチングやカウンセリングを、PDCAのサイクルで回していくという実践的な在宅医療の講座にしたいですね。これからの地域医療では、「チュージング・ワイズリー(賢明な選択)」がキーワードになります。在宅医療では、CTやMRIなどは持っていけませんから、可能性のある病気を絞り込んで検査する「検査のミニマム化」が求められます。病気を見立て、それに対して先読みして薬を投与して、それが予測と合っているかどうかを見る治療的診断のアプローチが必要です。これから地域医療を担う医師は、自分のいる環境の中でのコモンディジーズ(高頻度の疾患)をしっかり把握し、それに対するソリューションモデルの提示ができなければならないと思いますよ。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。

認知症は、ご両親や親族など、皆さんの今後の人生に関わってくる病気です。発病したとき、恐れず、めげないための情報をサーチしておいてください。そして看取りについて、少しずつ勉強してほしい。きちんとかかりつけ医を持ち、家で看取るということを恐れないでください。成年後見についても同時に学んでおくといいですよ。それからもし、介護されるご家族の方が仕事のキャリアをお持ちなら、そのキャリアを捨てず、保持したまま介護する道を探っていただきたい。地域包括支援センターも頼ってください。「認知症の人と家族の会」など当事者の会の情報や、東京都が運営している認知症についてのポータルサイトもありますから、そういったものをチェックしておくといいと思いますよ。