加藤内科小児科医院

加藤内科小児科医院

加藤香代子院長、加藤瑞規副院長
頼れるドクター掲載中

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武蔵新田駅から徒歩3分の場所にある「加藤内科小児科医院」。開院して41年、地域の移り変わりとそこに住む人々の健康を見守ってきた加藤香代子院長は、ただ診察をするだけでなく、子育てをするお母さんのよき相談相手としても頼られる存在だ。8年前より院長とともに診療にあたっている加藤瑞規副院長は、内科・呼吸器内科・小児科の豊富な経験を生かし大人から子どもまでを診察。「真の町医者を目指したい」と熱い思いを語ってくれた。(取材日2011年1月20日)

3世代にわたって、受診している患者も

―院長は、こちらで診療されて長いそうですね。

【院長】
もともとは先輩の小児科医がこちらで開院していたのですが、九州に引越されるということで、私が後任することになりました。以来41年、この場所で診療を続けています。先輩の時代から、矢口・下丸子・千鳥近辺では唯一の小児科医院でした。今では人口もクリニックも増えましたが、当時の患者さん、そのお子さん、さらにはお孫さんと三世代にわたって診させていただいています。8年ほど前からは、息子が副院長として私と一緒に診療にあたってくれていますので、今日は副院長にいろいろ聞いてみてください(笑)。

―それでは副院長にお伺いします。医師を目指そうと思われたきっかけは?


【副院長】
母だけでなく、父も外科医でした。夜中に手術に呼ばれて出掛けて行く姿や、朝の4時や5時に電話で起こされるという両親の生活をずっと見てきました。大変な仕事だなと思いながらも、親の仕事を継ぎたいと思うようになったんですね。それで医師を目指したのですが、最初は小児科ではなく内科に進みました。というのは、この辺りは今でこそ大型マンションなどができたお陰で子育て世代も増えましたが、当時は工場街で子どもが少なかったこともあり、まず基本の内科を学ぼうと思ったんです。呼吸器内科に入り、喘息や呼吸困難の方々の診療にあたってきました。10年ほど勤務した頃、かねてから小児科も勉強しないといけないと思っていましたので、内科医局から小児科医局に移りました。それまで内科で10年経験を積んできましたが、小児科では研修医からのスタートになるんです。10年目で、しかも30歳を過ぎてからのフレッシュマン扱い(笑)。少しつらい状況でしたが、私のように医局で内科と小児科の両方を学んできた医師は日本では少ないので、そこが私の強みでしょうか。「子どもも大人も診られる医師」が真の町医者だと思います。そのためには内科も小児科もきちんと勉強していないといけない、というのが私の持論なんです。

―その後はどちらで経験を積まれたのですか?また印象深いエピソードはありますか?


【副院長】
東邦大学大森病院や、東邦大学医学部付属大橋病院の小児科、個人病院での小児科医長などを勤めました。伊豆大島の病院にも行ったことがありますよ。大橋病院の小児科にいた頃には、こんなことがありました。「ピカチュウ癲癇(てんかん)」というのを覚えていますか?ある患者さんがテレビを観ていて具合が悪くなったと救急車で運ばれてきたので、入院してもらっていました。そしたら、夜中にマスコミから「ピカチュウ癲癇の患者さんいますか?」と電話が何度もかかってくるんです。私はピカチュウを知らなかったし、そんな病名もありませんから「いませんよ」とずっと応えていたんです。後で、自分の患者さんのことだと知ったのですが、当時は電話の応対で寝られなかったことを今でも思い出します。



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