医療法人 如水会 鈴鹿腎クリニック

医療法人 如水会 鈴鹿腎クリニック

河出 恭雅理事長、岩島 重二郎院長

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何らかの原因から腎臓の働きが悪くなる腎臓病。慢性の場合、一度悪くなった機能が回復することは難しいといわれてきたが、医療の進歩から現在では早期発見により機能低下を防いだり、進行を遅らせたりすることが可能となってきているそうだ。その一方で、今もなお末期まで進行するケースはあり、末期腎不全の患者にとって腎機能を代替する人工透析の役割は、非常に大きいものといえる。「鈴鹿腎クリニック」では、地域に根差し、初期の腎臓疾患から合併症予防、先進的な透析療法の提供とともに、ADL(日常生活動作)の維持・向上に尽力。「患者さんファーストの医療の提供」を信条とする河出恭雅理事長と岩島重二郎院長に、同院のこれまでの歩みや特色を、じっくりと語ってもらった。
(取材日2018年11月21日)

長きにわたり地域に根差し、腎臓病患者に寄り添う

―貴院のこれまでの歩みをお聞かせください。

【河出理事長】私の父が当院の前身である「河出内科」を開業したのが、1974年のことです。父は開業前、現在の鈴鹿中央総合病院の前身の中勢病院の腎臓内科で研鑽を積み、当院で診療を始めた当初より、この地域で人工透析療法を提供してきました。透析クリニックとしては、三重県の中でも恐らく3本の指に入るほど古いといえるのではないでしょうか。私自身もこの地で育ち、父の診療を間近で目にしてきました。その影響もあって、父と同じく医師の道を歩むこととなりました。

―「鈴鹿腎クリニック」となったのは、2007年のことだそうですね。

【河出理事長】私がこちらに戻ったタイミングで現在の場所に移転し、名称も改めました。愛知医科大学を卒業後は、大学病院や地域の総合病院に勤務したり、透析クリニックの立ち上げに携わったりと、11年ほどの期間で多くの経験を積んできました。そして現在、私たちがめざしているのが、常に最新の医療を提供していくことです。腎臓疾患に限らず医療の進歩はめざましく、当院の診療内容をアップデートし続けるため、勉強会や研究会には積極的に参加し、効果的なものは柔軟に診療に取り入れるようにしています。また腎臓疾患と向き合う上で欠かせないのが、合併症対策です。医師はもちろん、コメディカルスタッフにも高い専門性が求められてきます。患者さんがより良い生活を送れるよう、チーム体制で医療に取り組んでいます。

―岩島先生が院長に就任されたのは、どのようなきっかけだったのですか?

【岩島院長】私は一般内科、循環器内科、腎臓内科など幅広く経験し学んできました。河出先生とは名古屋の病院の腎臓内科で一緒に働いていた、いわば「同じ釜の飯を食った仲」といったところでしょうか。その後河出先生は鈴鹿腎クリニックへ、私は大学病院へ進みましたが、交流は続き、不定期で如水会の診療にも関わっておりました。おおらかな土地柄と優しいスタッフに魅かれ、結局常勤医として働くことになりました。それからあっという間に10年ほどたちましたね。



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