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こちらの記事の監修医師
横浜市立市民病院
石原 淳 病院長

かわさきびょう川崎病

概要

川崎病とは1967年に川崎富作博士が「小児急性熱性皮膚粘膜リンパ節症候群」として発表した、手や足の指先から皮膚がむける症状の小児患者の病気。新しく発見された病気であることがわかったため、この博士の名前から川崎病となった。この病気は体中、全身の血管に炎症が起こる病気である。日本では1年間でおよそ1万5000人の子どもが発症しているといわれている。川崎病は世界中の各地で報告されており、特に日本人、日系アメリカ人や韓国人などアジア系の人が多く発症し、発展途上国での発症の報告は少ない。原因や現状ははっきりと確定していない。

原因

川崎病は日本人や日系アメリカ人、韓国人などのアジア人に多く発症するといわれている。ただ現状では明確な原因は特定されていない。人間がウイルスや細菌に感染すると、外敵を攻撃して体外に追い出し、体を元の状態に戻そうとする免疫力が働く。血液の中にいる白血球という細胞は体内に入ってきたウイルスなどの外敵から体を守る免疫細胞である。白血球にはさまざまな種類がある。アメーバのような形で、体の中に侵入してきた異物を食べてくれるマクロファージや、ウイルスに感染した細胞を排除するキラーT細胞などが代表的だが、この白血球が外敵を倒すために、数を増やして血管の壁に集まってくる。これが血管炎の状態で、炎症が強くなりすぎると血管壁は傷んでしまう。このように、本来は体に侵入してきた外敵を排除するための働きである免疫が、自分自身の体も攻撃する形になってしまうことがこの病気の原因ではないかという説もある。

症状

症状は患者によって違うが、多くは発熱が最初に見られるといわれている。5日以上に渡って38度以上の熱が続き、平均すると7~10日続くとされる。また、両目が赤く充血する、唇がカサカサと乾燥して赤くなる、舌がイチゴのように赤くなり表面にブツブツしたできものができる苺舌になるといった症状が見られることも。さらに、手や脚、体にさまざまな大きさや形の発疹が出たり、首にあるリンパ節が腫れたり、手足がむくんだりする。そのほかにも手のひらや足の裏が赤くなるなど、全身に症状が現れる。なお手や足が腫れる、手のひらや足の裏が赤くなるといった症状が見られるのは病気の初期で、熱が下がる頃に手や足の指先から皮膚がむける症状が出るといわれている。

検査・診断

川崎病に特徴的な症状が現れている、冠動脈瘤が見られるなどの点から総合的に診断が下される。心臓は体の中に血液を送るポンプの役割を持ち、血液には体中に酸素を運ぶという重要な役割がある。体から戻ってきた酸素の少ない血液は心臓に戻ってきてから肺に送り出され、肺で酸素をたくさん取り込んだ血液は心臓に戻ってきてから全身に送り出される。心臓は生まれた瞬間から休むことなく、ポンプとして非常に激しい運動を毎日行っている。この心臓に栄養を送る血管が冠動脈である。冠動脈は、心臓の上に冠のように覆いかぶさっている非常に大切な血管であり、この血管にこぶや狭窄ができていないかは、川崎病の症状の中でも気をつける症状の一つだ。

治療

川崎病の治療では、発熱していたらできるだけ早く下げ、血管の炎症を抑えることが大切である。特に、全身に血液を送るために毎日激しいポンプ活動をし続けている心臓に栄養を送る冠動脈に血の塊やこぶができて、血の流れが止まったり悪くなったりすることを避けることが治療において高い優先度を持っている。そのため、血管の炎症を抑えて血液を固まりにくくし、血の塊になることを防ぐ働きをするアスピリンという薬を処方したり、免疫グロブリン製剤という炎症を抑える薬を点滴したりする。これらの治療をしても熱が下がらないなど効果が見られない場合は、それぞれの患者に合わせた治療が選択される。

予防/治療後の注意

川崎病は原因がはっきりと特定されていないため、予防法についても明確なものはない。ただ、女の子よりも男の子の方が1.3倍ほど多く発症することや、兄弟の間で発病することはあるが人から人へ伝播するとは思われていないことから、発病には体質が関係しているともいわれている。早めの治療が重症化を防ぐために有効なので、異変を感じたら医療機関を受診することが大切である。

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こちらの記事の監修医師

横浜市立市民病院

石原 淳 病院長

島根県出身。1979年慶應義塾大学医学部卒業。同大学病院や関連病院で小児循環器科の診療に携わり、1998年に市民病院に入職。 小児科部長、副病院長などを経て2013年より現職。研修医の指導や育成、看護師の教育に力を入れる。