池淵 元祥 院長の独自取材記事
池渕クリニック
(大阪市平野区/出戸駅)
最終更新日:2023/01/23
大阪市営地下鉄谷町線・出戸駅から5分、戸建て住宅と集合住宅が接する落ち着いた一角に「池渕クリニック」はある。先代が産婦人科として開業し、大規模病院で糖尿病診療に尽力していた池淵元祥(もとよし)院長が1999年に継承、今は遠方からも患者が訪れる糖尿病専門のクリニックだ。日本糖尿病学会糖尿病専門医の資格を持つ院長は先進の治療法や検査を取り入れるだけでなく、看護師や管理栄養士、薬剤師など多職種と連携し、患者の日常生活を反映したこまやかな生活指導を行っている。「検査法や治療の選択肢が増えた今、より良い糖尿病治療を確立するために貢献したい、それが専門の医師としての役目です」と語る院長に、クリニックの診療内容や過渡期にある今日の糖尿病治療について聞いた。
(取材日2017年11月21日/情報更新日2022年12月20日)
理想的な糖尿病診療にクリニックで取り組む
クリニックの歴史と、医師を志した経緯をお聞かせください。
私が6歳の時に、父がこの場所で産婦人科クリニックを開業しました。分娩などで父が昼夜を問わず働く姿を見ながら育ち、自然と医師に憧れるようになりましたね。そこでクリニックを継ごうと滋賀医科大学に進み、卒業後は大学院生として糖尿病を専門とする第3内科の心血管系グループで、柏木厚典先生のご指導を受けながら血管内皮細胞と糖毒性の関係などを研究しました。また、現在の国立循環器病研究センターでも研鑽を積み、原納優(はらの・ゆたか)先生のもとで研究にも関わるようになりました。両先生の仕事に対する熱意は、今の私にも大きな影響を与えています。その後は現在の大阪医療センターで勤務していましたが、父が急逝したため1999年1月にクリニックを継承しました。
クリニックを引き継がれる際には、どのような診療をめざしたのですか?
当時の勤務先は大規模病院で患者さんが非常に多く、またあの頃は生活指導の内容も画一的で不十分でした。そこでクリニックでは糖尿病を専門的に診ることにし、食事療法や運動療法では患者さんの日常生活を検討した上で個別のメニューを設け、指導を行うことに。食事については3日間の食事内容や生活を書き出してもらい、管理栄養士が摂取カロリーや成分を計算して、メニューの改良や食事の取り方をアドバイスします。運動が必要な方には、クリニック内でエルゴメーターとトレッドミルを使った個別の運動療法や、週1回のヨガ教室などもしています。クリニックだからこそ、それぞれの患者さんの日常生活に応じたきめ細かな生活指導を継続的に行うことができると考え、継承開業というチャンスにやりがいを感じていましたね。
自覚症状の少ない糖尿病ですが、患者さんはどのようなきっかけで受診していますか?
自覚症状のないケースとしては、特定健診で血糖値の異常が見つかった方が多いです。また、両親や身内に糖尿病の方がいて、心配から受診される方もいます。40代後半から60代の方が主ですが、最近の傾向では30代でも不摂生、特に食事内容が乱れていて体重減少や喉の渇き、眼底出血といった自覚症状のある方がいますし、あるいは緩徐進行1型糖尿病の方もみられます。ただ、インターネットで糖尿病専門の医師を探して当クリニックまでわざわざ来られる方が多いので、治療に対する意欲は高いですし、指導もしやすいですね。中には20年以上、北摂から通ってくださる方もいます。他には、連携している病院から当院に自宅の近い患者さんを逆紹介されることもありますし、近くのご家庭がかかりつけ医として数世代にわたって受診してくださっている場合もあります。
多職種でのチーム医療で患者を支える
診療の流れを教えてください。
初診で受診された場合には、まず採血をして血糖とHPLC(高速液体クロマトグラフ)でHbA1cを測定し、その結果を見ながら問診をします。また、食事内容や日常生活に関しては管理栄養士からも詳しくお聞きして、治療方針を立てていきます。最近では使える薬剤が増え、通院でインスリン療法やGLP1アナログ注射を始められるようになっていますが、その指導は主に看護師が担当。さらに当クリニックでは、週に1回、医師、看護師、管理栄養士、また医療事務スタッフや隣接薬局の薬剤師さんも参加するカンファレンスを開き、新規患者さんの診療方針を検討したり、問題点を話し合ったりします。このようなチーム医療は勤務医時代に行っていたことですが、指導内容が多岐にわたる糖尿病診療では欠かせないシステムですので、クリニックでも続けています。
治療薬の増加や新しい検査方法など、糖尿病治療は変化しているのですね。
FGM(フラッシュグルコースモニタリング)を用いた皮下間質ブドウ糖測定が行えるようになり、血糖値変動を継続的に測定できるようになりました。これにより服薬はもちろん、食事の内容やタイミング、運動と血糖値変動との関連が具体的にわかるので、変動幅の少ない質の良い血糖コントロールをめざせるようになりました。そこで管理栄養士や看護師は患者さんの食事内容だけでなく食事のタイミングや生活行動も確認し、実際の血糖変動と照らし合わせながら生活指導を行います。これまでは不明だった夜間の低血糖も確認できるので、糖尿病の治療そのものが大きく変化する可能性がありますね。ただ、指導内容はより細かくなりますし、患者さんがデータを見て自己判断で服薬や食事内容を変更する恐れもあります。得られたデータを適切に利用するためにも、さまざまな職種が関わるきめ細かなチーム医療が重要になると考えています。
糖尿病で問題になる合併症について教えてください。
糖尿病の3大合併症といえば網膜症、腎症、神経障害で、さらに糖尿病性大血管障害も知られています。これらに加え最近では、新たな合併症として認知症、骨粗しょう症、がんに注目が集まっています。確かに長期間診ている患者さんがご高齢になり、認知症なる方は多いです。突然当院へ来る方法がわからなくなってしまう患者さんもいます。また、骨粗しょう症で大腿骨頸部骨折を起こすと寝たきりになり、健康寿命に影響を及ぼします。高齢化が急速に進む中で、これらの新たな合併症はより大きな問題になるだろうと感じています。
専門家として、適切な治療方針の確立に貢献したい
患者さんとの関わり方が治療の鍵になりそうですが、お話しする際に心がけていることはありますか?
食事や生活習慣はもちろん、ストレスなども血糖値を左右する要因です。このため、患者さんの生活全般をきちんと把握し、それに応じた治療をしたいのですが、患者さんは乱れた生活を医師に話すことに抵抗感があります。そこで大きな役割を果たしてくれるのが管理栄養士。食事内容から始まり、生活時間や運動習慣、仕事や家庭の悩みなど、上手に聞き出してくれています。長距離トラックを運転している患者さんが、深夜に運転席で菓子パンを食べながらインスリンを注射している、これも管理栄養士が実際に聞いた話です。このような方が適切な治療を続けることは容易ではありませんが、頑張って治療を続ける姿を医師だけでなくチームの看護師や薬剤師が励ましたり、時には叱咤激励することも、患者さんのやる気や前向きな姿勢につながると考えています。
どのようなときにやりがいを感じていますか?
以前は血糖値のコントロールに難渋することも多かったのですが、ここ数年は使える薬が新たに増えたので、コントロール向上につながり患者さんに喜んでいただけたら、糖尿病専門の医師としてやりがいになりますね。また、糖尿病患者さんでは狭心症や心筋梗塞があっても胸痛などの自覚症状が出ないことがあり、放置すれば突然死にもつながります。私は日本循環器学会の循環器専門医でもあるので、気になる患者さんでは早めに心エコーや心電図検査を実施し、異常を早期に発見して経皮的冠動脈形成術(PCI)など適切な処置ができるように、普段の診療から意識するようにしています。
今後の展望をお聞かせください。
糖尿病の薬物治療の方針は、今はまだ確立していません。日本糖尿病学会の治療指針でも、各患者さんに応じた薬物治療を行うと述べられています。現在は以前に増して数多くの治療薬が使えるようになっただけに、最適な薬剤の選択に迷うところですし、FGMを用いた新たな血糖モニタリングも導入されたばかりです。検査や使える薬剤の幅が広まった今だからこそ、クリニックでの治療に加えて研究にも取り組むことで、糖尿病の専門家として、適切な治療法や指導法の確立に少しでも貢献したいと思っています。