古志医院

古志医院

古志 武彦院長

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南海本線岸里玉出駅より5分ほど歩いた住宅地の一角を曲がった所に、町のかかりつけ医として地域住民に頼りにされている「古志医院」がある。院長の古志武彦先生が、急逝した父の医院を引き継ぎ、新しくスタートを切ったのが2000年。以来、地域に密着し、内科クリニックとして、患者の幅広い要望に応える態勢を整えている。国立循環器病研究センターや市立豊中病院で勤務した日本内科学会総合内科専門医、日本糖尿病学会糖尿病専門医である古志先生は、勤務医時代の専門的な知識と幅広い臨床経験が、現在の個人医院での診療にも多いに役立っていると語る。今後は自分の専門性を生かした診療をもっと進めていきたいと言う古志先生に、地域に寄り添う医療を追究する心構えについて聞いた。
(取材日2017年8月22日)

医師の家系に生まれ自然と医師をめざす

―先生は最初から医師をめざされていたのですか?

医師がやりがいがあり真の幸福が追求でき、社会性のあるアイデンティティを確立することのできる仕事だと、中学高校生の頃にはわかりませんでした。また、普段から医師として働く父の大変さを見ており、さらに世間の医師バッシングもあり医師なることは避けたほうが良いのではないかとの思いが強かったと思います。本当は経済、心理学等に興味がありました。モラトリアムを維持するためにあまり勉強はしていなかったですし、本当は何になるべきかわからないまま、進学したというのが実際です。ただ、適塾で勉強した曽祖父、また祖父、父も医師であり、母方の実家も医家であったことから、どこか心の中に「将来は医師になるべき」という気持ちが無意識のうちにあったのかもしれません。ご先祖さまが導いてくれたのかもしれませんね。今はこの道を選んで本当によかったと思います。

―大学生活はいかがでしたか?

大学は兵庫医科大学に進学しました。クラブ活動は競技スキー部に所属し、夏の立山や冬、春のトレーニング合宿、西医体に出場したことは貴重な経験でした。ただ、一番の収獲は4回生の時に尊敬できる先生のお話を聞けたことでした。一人は米国で内科、心臓病を専門とする先生で、プロフェッショナリズムこそが社会性のあるアイデンティティを確立する、ということにつながることに気づかされたこと。もうお一人は外科系の教授でしたが、その先生はヒューマニストで外科系でありながら「一身体一単位」、総合診療を常に唱えておられました。それから、真面目に勉強するようになりました。

―実際の医療の現場に入った当時の印象は?

大学を卒業した後、大阪大学医学部第二内科に入局し、関連病院を含め糖尿病内分泌代謝内科、消化器内科を中心に内科全般にわたり幅広く臨床研修を行いました。当初は戸惑いましたが、良き指導者に恵まれたのは幸いでした。その後、母校の大学院で、血管内皮細胞機能、迂用曲折の後、糖尿病(インスリン分泌における高血糖の影響)の研究に従事しました。糖尿病と血管障害臨床の観点から、学位取得後は国立循環器病センターレジデントとして勤務しました。脳血管内科の主所属でしたが、心臓、腎・高血圧、動脈硬化代謝内科を、当時の副院長並びに脳血管内科部長のご配慮により長期ローテーションさせていただき、循環器疾患全般について勉強させていただきました。ここで、エビデンスに基づいた理にかなった臨床の経験を積むことができ、この経験がなければ今の自分はなかったと思います。本当に感謝の念に堪えません。

記事更新日:2017/10/26


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