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坂田 和房 院長の独自取材記事

坂田医院

(大阪市東住吉区/針中野駅)

最終更新日:2019/08/28

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近鉄南大阪線針中野駅から歩いて約8分の住宅地にある「坂田医院」は2000年開業のペインクリニックだ。関西医科大学附属病院の麻酔科などで研鑽を積んだ坂田和房医師が院長を務める。神経ブロックの注射による痛みの治療だけでなく、自身の父親が病気になった時に出会ったという加圧トレーニングも、希望者に紹介している。2階にはリハビリテーションの設備も整えており、神経痛などの急性期から日々の筋力強化まで幅広く対処。往診にもほぼ毎日出かける忙しい坂田院長だが、ヨットをこよなく愛し、休日は必ず海で過ごすそうだ。日に焼け、気さくな坂田院長に、ペインクリニックについて詳しく語ってもらった。
(取材日2018年6月7日)

「神経ブロック」の注射で痛みを軽減

坂田医院の診療内容を教えてください。

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診察科目はペインクリニック外科・整形外科・内科となっていますが、なんらかの痛みに困っている方が対象です。多いのは神経痛の患者さんで、腰下肢や頸肩上腕の痛み、頭痛、肩こり等に痛みの治療を行っています。これは「神経ブロック」という注射で血液の流れを改善して、痛みの原因に働きかける治療です。例えば背骨が変形して神経を圧迫しているために痛みが出ている場合。神経が腫れていればその腫れを抑え、血流を改善します。自律神経に働きかけ、興奮状態を静めてバランスをとることもできます。急性期の症状が治まったら理学療法で対応したり、血圧が高い、糖尿病がある、などの患者さんには内科的治療も併せて行ったりもしています。

「ペインクリニック」という診療科は、どのくらい認知されているのでしょう?

2000年の開業当時は「麻酔科」「ペインクリニック」と言っても、わかってくれる人は5人に1人くらいでしたね。ホームページを作ったりインターネットを利用したり、地域のコミュニティー誌に記事を出したり、とにかく認知してもらうためにいろいろ努力をしました。患者さんからのクチコミでも広がって、ここ7、8年で随分変わってきました。「ペインクリニックを探して来ました」とおっしゃる患者さんも増えました。ただ、今でも、痛い神経を麻酔の注射によってブロックして痛みを感じなくさせるだけだと思っている方も多いです。決して麻痺させるのではなく、痛みの根本的な治療だということを、もっと知ってもらいたいですね。痛みを我慢していると余計に治りにくくなる。麻酔科ペインクリニックと言っても麻酔をかけるわけでもないし、無理やり押さえつけて注射するわけでもないですから(笑)。

どんな患者さんが多いですか?

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地元の方も多いですが、遠方からいらっしゃる方も結構いらっしゃいます。年齢層は幅広いです。20代から50代くらいの方は短期間で治る方が多いです。最初の痛みを10として、注射後1~2週間で1や2のレベルにまで減る人もいます。「痛くなくなったらもう来なくていいよ」と笑って終了(笑)。もう少し年齢が高ければ長期になることもあります。坐骨神経痛や五十肩など、整形外科でリハビリをして薬を飲んでも治らない、と受診される患者さんも多いです。がんの痛みもコントロールできるので、在宅の末期がんの患者さんも診ています。

患者の立場を尊重し、人情味ある診療を心がける

麻酔科の医師をめざし、「ペインクリニック」を開業された経緯を教えてください。

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小学生の頃から水泳をしていて水が好きで、将来は造船関係の仕事に就きたいと思っていました。大学もその方向に進むつもりでしたが、高校3年の冬に、医学部の学生だった兄を交通事故で亡くしました。親は何も言わなかったけど、学校の先生や友達の親や親戚など、周りの声が気になって……。自分が医者になって兄の意志を継ぐしかないと、急きょ医学部に進学しました。麻酔科に進んだのも兄の親友に誘われたから。卒業後、関西医科大学付属病院などで勤務をしましたが、麻酔科は手術時の仕事が中心で、患者さんと関わることは少ないんですね。僕は人と関わるほうが好きだったので、外来診察する「ペインクリニック」に携わるようになりました。

開業にあたって、どんな医院にしたいと思われたのですか?

診療所は僕がレイアウトの設計もしたのですが、1階で診察しながら全体を見られるようにしました。プライバシーの面から考えるとまったく逆なのですが、7つある処置台が隣のベッドとはカーテンで仕切られつつ、僕からは全部見えるようにしました。神経ブロックの後は30分くらい様子を見ないといけないので人が、こういう造りにしました。それから、リハビリテーションのために2階へ階段を昇り降りする、診察中の僕から見えるように階段の壁にスリットを設けています。たまに患者さんが「先生、風邪ひいたから今日は風邪薬出して」と言いながら2階に行かれたりもしますが(笑)。そういう下町っぽさもいいでしょう。階段も幅を広く、高さを低めにして、椅子に座ったまま上がれる階段昇降機もつけて。患者さんの動線が楽になるようにも心がけました。

スタッフの方にはどんなことを伝えておられますか?

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スタッフによく言うのは、患者さんを名前で呼ぶようにということです。「おじいちゃん」「おばあちゃん」とか、子どもにも「ぼく」とか言わずに、きちんと名前を呼んで話しかけるように。最近はプライバシー保護のため、病院では名前を呼ばず番号で呼ぶという風潮もありますが、うちは名前を呼びます。お名前があるのだから、お名前を呼ぶことが個人を尊重することだと思っています。言葉遣いや口調も、子どもに話しかけるような言い方はしない。親しみやすいことと、子ども扱いするような接し方を混同しないようにと伝えています。

往診も積極的に行い、在宅医療をサポート

他に、日々の診察で注力されていることはありますか?

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患者さんの意志を最大限尊重することです。「医者」として指示するのではなく、どうしたいかを聞き出してサポートする役割を意識しています。例えば、治療のために神経ブロックを勧めますが無理強いはしません。力を入れているのはがん末期の在宅医療です。自分も父を半年家で世話して看取りました。在宅治療は、どれだけ痛みを取って自宅での日常生活を楽にさせてあげられるか、それに尽きます。往診はほぼ毎日、東は平野から西は住吉まで。がんの患者さんだけでなく、腰や脚の具合が悪くなって通院できない方も往診しています。

印象に残っている患者さんはおられますか?

最初は通院で、その後がんが悪化して在宅で診ていた方のことが印象に残っています。まだお若かったのですが、自分が亡くなることを100パーセント理解されていて、「あとどのくらい生きられる?」「これはできる?」「旅行に行きたいけれど、ちゃんと帰って来られるかな?」と、一つ一つ僕に確かめながら死と向き合っておられました。お亡くなりになられる前に自費出版で本を出して僕にもくださいました。自分で撮った写真と文章を載せた本で、僕のこともその中に出てくるんです。今も診察室にその本を飾っています。

休日はどんなふうに過ごされていますか?

ヨットに乗っています。学生時代にヨット部に入り、それからずっと続けています。最近は大阪湾ですが、関東や九州まで行ったこともありますよ。風が強いほうがよく走るから冬でも乗ります。ゴルフもテニスもしないし、1年中ヨットです。

最後に、今後の展望をお聞かせください。

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できるだけ長く今の状態を続けていくことです。今年で19年目になりますが、10年ぶりの患者さんがひょっこり来られたりもすることもあるんです。「前に来てたけど、また久しぶりに痛くなって」と。僕が覚えていたら喜んでくださるし、そうやってまた来られる患者さんがいる間は僕がここで診察していたいです。今、若い世代の患者さんが高齢になると、もっと頻繁に来るだろうから、いつまでも開けてないといけないことになりますね(笑)。できる限り続けていくつもりです。

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