医療法人博友会  藤谷クリニック

医療法人博友会 藤谷クリニック

藤谷 宏子先生

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近鉄線・大阪上本町駅から徒歩7分。道をまたいだ百貨店の向かいのハイハイタウンの中に「藤谷クリニック」はある。クリニックでは小児科・内科・アレルギー科・脳神経外科を専門とし、小児科とアレルギー科を担当しているのが藤谷宏子先生だ。関西医科大学を卒業してからは約15年勤務医として活躍し、1993年に育児、子育てに充分に時間をとりたいとの希望で開業しアレルギー疾患を中心に診療を開始した。「アレルギーはすぐには治らないので根気よく向き合ってほしい」と言う藤谷先生に、これまでの道のりや、専門とする小児のアレルギー疾患について詳しく聞いた。
(取材日2017年6月22日)

良くなると素直に元気になる。それが小児治療の面白さ

―先生が小児科医師を志した理由はなんですか?

子どもの頃は夢がたくさんあって、弁護士やピアニストも憧れましたが、医師なら特別な才能がなくても一生懸命に勉強をすればなれる、と医師である母に勧められたからですね。目的に応じて働き方を選べることにも魅力に感じていて、研究や専門性を志す先生は大学や専門病院で、地域の患者さんと向き合いたい人は開業医で働けます。今となっては子育てとの両立もできる開業医になれてとてもありがたいと思っています。未来のある子どもを治すことはとても魅力的ですし、子どもはいつもとても正直で、治った時の喜びを素直に表現してくれる姿にうれしさを感じています。

―子どもの頃はどんなお子さんでしたか?

普通の子ども……ですね(笑)。物語の主人公になりきり、その不思議なことをいつも考えていたりしました。皆さんもご存知の童話では、お姫さまと王子さまの素敵なエピソードにあこがれている一方で、時計の針が午前0時を指したとたん、すべての魔法が消えてしまうのに、「どうしてお姫さまのガラスの靴だけは消えないで残っているんだろう」と不思議に思ってしまう子でした。また、毒りんごは眠るだけなの……、糸紡ぎの針にも毒があったのかしら……など今となってはどうしてそんなことを気になってしまったのかはわかりませんね(笑)。 夢と現実がごっちゃになっていました。そしていつかは魔法使いのおばあさんになりたいと思っていました。

―旦那さまでもある脳神経外科の藤谷健先生の印象を教えてください。

思いやりのある、優しい人ですね。私が若い頃は、今と違ってイクメンという言葉がなかったですし、男女平等と言われても、女性が中心に家を守るのが当たり前の時代でした。自身も手術や診療で忙しい中、公園で子どもと遊んでくれたり、一輪車の練習や自転車の練習などを担当してくれていました。家事もできる範囲で手伝ってくれていました。また、いろいろな国際学会にも家族で参加し、楽しく旅行したのは良い思い出です。主人が黙って見守ってくれたおかげで今こうして自由に小児科の医師を続けていることができていると思っています。なかなか本人には言っていませんが、感謝の気持ちでいっぱいです。

記事更新日:2017/08/29


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