くまい医院

くまい医院

隈井 知之院長

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勝川駅から徒歩約10分の住宅街。内科・呼吸器内科・循環器内科・消化器内科・小児科・リハビリテーション科を標榜する「くまい医院」は長年、幅広い診療で地域住民の健康を支えてきた。モダンな建物の入り口へ進むと、隈井知之院長の似顔絵が描かれた看板が患者を温かく迎えてくれる。もともとの専門は消化器内科だが、認知症治療や健康のための運動指導にも詳しく、さまざまな世代、疾患の患者に、きめ細かく対応。病児保育室の運営、在宅医療にも取り組む。そんなエネルギッシュな活動を続けてきた隈井院長に、診療ポリシーや、患者そして地域への思いなどを語ってもらった。
(取材日2019年4月16日)

父の後を継ぎ、地域医療に力を注ぐ

―歴史のあるクリニックとお聞きしました。

初代の院長は私の父で、春日井市、桑名市などで開業してきたのですが、1967年、私が10歳の時にここに移りました。生まれは岐阜県の高山市ですが、この地に来て長いですから愛着があります。やんちゃ坊主の私を温かい目で見守ってくれた方々が、ご高齢になり当院に通われることもあり、それこそ長いおつき合いをさせていただいています。老人会の旅行にも医師として何度か同行したことがあるんですよ。子どもの頃から住むこの地域へ、少しでも恩返しできたらという気持ちで毎日診療にあたっています。

―医師をめざしたのは、やはりお父さまの影響ですか?

そうですね(笑)。ただ、自分も父も初めから医師をめざしていたわけではないのです。父は弁護士であった祖父の影響もあり、法学部をめざしていましたが、戦争があったこともあり、医師を志したと聞いています。私も高校までは弁護士を志していましたが、まだ市民病院もなかった時代に、自分の医院で奮闘する父や看護師の母の姿をみて、地域の方々のためになる良い仕事だと思い、医師になることを決意しました。

―クリニックを継がれるまでの経緯を教えてください。

名古屋市立大学卒業後、刈谷総合病院に勤務したのですが、当時は科を超えてさまざまな分野を担当しました。実は私が最初にめざしたのは外科の医師だったのですが、どの科に行っても基本になるのは内科の知識だということがわかり内科を専門にしたのです。患者さんと接することが多いのも良いと思いました。その後、県内の複数の病院で勤務医を続けていた矢先、父が急逝。父の患者さんたちに迷惑をかけずに、何とかお役に立ちたいと決意し、後を継ぎました。

―専門の消化器内科だけでなく、幅広い分野で研鑽されていると伺いました。

もともとの専門は消化器内科ですが、いろいろな視点を持ち、幅広く専門的な診療をするために必要と思い、健康のための運動指導や認知症治療、介護など、さまざまな分野で学んできました。勉強は大変ですが、多くの専門的な知識をつけられたことは開業医として毎日の診療にとても役立っています。



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