医療法人英晃会  やまだレディスクリニック

医療法人英晃会 やまだレディスクリニック

山田 英史院長

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名鉄小幡駅から徒歩10分、緑豊かな小幡緑地の近くにある「やまだレディスクリニック」。1970年の開業以来、地域に根差して診療を続けてきた。院内にはスタジオも設けられており、インストラクターによるマタニティービクスやピラティスなども受けられるという。日本産科婦人科学会の産婦人科専門医である山田英史先生は、2006年に父である山田英雄先生の後を継いで院長に就任。現在は妻の山田蓄子先生とともに診療にあたっている。「出産までの10ヵ月間は、患者さんとしっかりコミュニケーションをとるよう努めています」と語る山田院長。患者との信頼関係を大切にし、産後も手厚くサポートするよう尽力する。そんな患者思いで気さくな山田院長に、開業の経緯から今後の展望に至るまで幅広く聞いた。
(取材日2018年10月3日)

勤務医時代の経験を通して、チーム医療の大切さを学ぶ

―まずは開業の経緯をお聞かせください。

当院は1970年に父が開業しました。父は国立名古屋病院に勤めていたのですが、伯父が近くに住んでいたことから、この場所での開業を決めたようです。今では大通り沿いにある産婦人科も多くなりましたが、以前は入りやすさを考えて大通りから1本入った所に医院を建てることが多かったと聞いていますね。当時は病院の周りにのどかな田園風景が広がっていたことを幼心に覚えています。2002年に私がこちらに戻ってくるタイミングで、「山田産婦人科」から「やまだレディスクリニック」に名称を変え、リニューアルオープンしました。「レディース」はよくあるから、長音のない「レディス」にしようと提案したのは父なんです。2006年から父の後を継いで院長を務めさせてもらっています。

―先生は最初から医師をめざそうと思っていたのですか?

実は医師になる気はあまりなかったんです。父は「好きにしていい」と言っていましたし、数学が好きでしたので、高校3年生のはじめまでは理学部か工学部に進みたいと思っていました。中学高校の頃は、数学の教師だった祖父からよく教えてもらっていましたね。しかし、祖母の死をきっかけに、人の命や医学について真剣に考えるようになりまして。たまたま愛知医科大学への推薦入学の話もいただいたことから、医学部に進むことを決意しました。産婦人科を選んだのは、健康な人を診られる科だからです。命が生まれる素晴らしい瞬間に立ち会い、笑顔で「おめでとうございます」と言えます。昼夜問わず病院から呼び出される父の姿も見てきましたが、最終的な進路選択の頃には「大変そうだから他の科にしよう」と思う気持ちはありませんでした。

―その後大学病院などで経験を積まれたのですね。

愛知医科大学病院や総合大雄会病院で経験を積ませていただきました。特に研修後に勤めた大雄会病院での経験は、今の私の診療のベースとなっていますね。大学病院や総合病院の産科では、急患が多いのが特徴です。患者さんに良い医療を提供するには、看護師や他の医療従事者との協力が欠かせません。また、手術が必要な際には、麻酔科や救急科の先生たちとの連携も必要になります。研修医の頃に麻酔科で当直していた際、外科の緊急手術が入ったことがありました。「山田君は産婦人科だから手術できるでしょう」と言われ、外科の手術を手伝ったこともあるんです。勤務医時代の経験を通して、医師一人だけではなく、周りと協力して行うチーム医療が大切であることを学びましたね。



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