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揚 志成 院長の独自取材記事

吾嬬医院

(墨田区/小村井駅)

最終更新日:2021/10/12

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「私の残りの人生の主題は弱き者の手助け。医療はそのための一つの手段であり、人々の生活になくてはならない大切なものだと思います」と話すのは、墨田区立花にある「吾嬬医院」の揚志成院長。もとは母が開業した産院だったというその建物は、丁寧に手入れされ、地域から愛されてきた様子を窺わせる。揚院長がここで行いたいのは、医療に限ったことではなく、立場の弱い人たちの助けとなること。墨田区空手道連盟に関わったり、「頼まれたから」と保護司を担ったりしているのは、その気持ちの表れだろう。「当たり前のことを当たり前にしているだけ」と話す揚院長だが、その言葉には確かな熱がある。医療を通して行われる、先生ならではの“手助け”に触れた。

(取材日2016年2月26日)

環境と幼い頃の記憶が、医師への道を切り拓いた

先生が医師を志したのはなぜですか?

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うちは親の代から医師家系なんです。父と母の姿を見ながら、やり甲斐のある仕事だと感じていました。しかし、中学生の頃には財界で活躍する人々に憧れ、本当は商社マンになり世界を駆け巡りたかったんです。でも、その頃はまだ中華民国に籍があり就職が難しいと思い、国家資格である医師を選びました。生活するための糧として医師を選んだのが本当のところです。ただ、私は小さい頃から「立場の弱い人を助けたい」という気持ちがあり、今でも弱き者の手助けは残りの生涯をかける主題だと思っています。皆さんの生活にとって医療提供など一つの側面でしかありませんが、自分が持てる技術・知識を持って、人の手助けができる立場であり続けたいですね。

なぜ弱い立場の人を助けたいと思うようになったのですか?

私の両親は、戦前に台湾から日本に渡ってきた在日台湾人です。私は日本生まれ、日本育ちですが、助産院の離れに住んでおり、幼少期の生活は決して楽とは言えませんでした。当時、父と銭湯に行く道すがら、寒空の夕刻らしく、鉄くずをいっぱい積んだ重荷を腰を曲げて引っ張る高齢の男性をみて何とかしてあげたいと思いました。そんな風景が原風景になっていると思います。豊かな日本と言われる時代になっても、不安な毎日を送っている人はたくさんいるでしょう。その方たちに手を差し伸べる“何か”は絶対に必要だと私は思います。医師一人にできることは多くありませんが、できることをできる限りやり続けていきたい。自分が後悔しないために、地域に貢献できることをしていきたいです。

開業まではどのような医療に携わってきたのですか?

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大学病院の循環器内科に勤務していました。大学卒業後、医局選びで迷ったのは、循環器内科、心臓外科、消化器外科の3つ。父が呼吸器内科の医師だったので、少し影響されていたのだと思います。私は、もともと心臓に強い興味がありました。当時、心臓の治療は心臓外科が行うもので、循環器内科は診断しかしなかったのです。ですが、心臓外科は心臓という臓器のみを診るスペシャリスト。「医師になるなら人を診ろ」という祖父の教えがあって父も内科の医師になったらしく、私も全科をみる内科の医師になろうと思い、最終的に循環器内科へ進みました。

両親の死によって気づいた、本当にめざす医療の形

大学勤務時代から、いつかは開業しようと思われていたのですか?

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勤務医の頃は開業を考えていませんでした。しかし、両親が亡くなった時、この場所がなくなることにひどく違和感を覚えました。ここは生まれ育った場所であり、父母と私の3人で建てた医院です。壊したり売ったりするくらいならと開業を意識しました。その意識を決定的にしたのは両親の死です。父と母は1年違いで亡くなったのですが、先に亡くなった父は病院の勤務医だったため、葬儀に参列くださったのは関係者ばかりで静かなものでした。それに比べ、母が亡くなった時は、自宅前に泣き崩れる患者さんが殺到。ご近所の方たちが自宅に押し寄せました。もし、自分が勤務医をすぐに辞めてしまっても組織は残りますが、私がこの地域に残らなければこの医院はなくなってしまう、その思いが開業のきっかけです。

予防接種や検診などにお力を入れているそうですね。

日本は他の先進国に比べ、予防そのものの意識があまり高いとは言えず、予防接種率やがん検診率が低い国です。急性心筋梗塞症や急性心不全、急性不整脈などの「急性期致死的疾患」は、高血圧や糖尿病などの慢性疾患が危険因子。しかし、それらのよくある病気に対しても認識が低く、予防意識が行き届いていません。予防接種やがん検診、特定検診などは、病気の早期発見・治療においてきちんとした意味のあるものです。当然、医療は100%ではありませんから、早期発見・治療したからといって、必ずしも命の危機が避けられるわけではないでしょう。ですが、調べなければ助かる命も助けられません。「病気になる前に、病気に対する意識をする」大切さを皆さんにお伝えしていきたいですね。

在宅医療も行っていると伺っています。

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これまで当院に通ってくださっていた患者さんが高齢になり、自然と在宅の必要性が出てきたことが、始めるきっかけになりました。勤務医をしている時は、延命のためたくさんの管につながれながら病院で亡くなるより、ご自宅で終末期を迎えるほうがいいのではと考えていた時期があります。そのため、在宅医療にもっと力を入れるべきではと考えたこともありました。しかし、どのような最期を迎えるかは、ご本人とご家族が決めること。医師の価値観を患者さんたちに押しつけるのは、それこそ理想的な医療とは言えません。当院では、患者さんご本人とご家族に選択権を委ね、「要請をいただいたらご自宅へ伺う」というスタンスで在宅医療を請け負っています。近隣の訪問看護ステーションとも協力し、体制は整えていますので、ご希望の場合は安心してご利用いただきたいです。

医療だけに留まらない“弱き者の手助け”が今後の目標

プライベートでは地域交流に積極的だそうですね。

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墨田区空手道連盟に関わっているのは自分が格闘技が好きだからです。また、私は犯罪を犯した人を更生し、社会復帰させる「保護司」です。保護司に何より必要なのは「その人の手助けができる」という気持ち。自分にそれがあったのかわかりませんが、なってみてわかったのは、犯罪を犯す少年少女たちの環境が大きく関係しているということ。環境が悪ければ、親も子も社会的弱者なんです。今、実際に自分が保護司として関わっている以上、これからの余生を弱い立場の人たちの手助けに当てられたらと思います。

診療所の今後の目標を教えてください。

今後行っていきたいのは、医療を超えた弱き者の手助け。これまでもその心構えで医療を行ってきましたが、今後はさらに広い視野で物事を考えていきたいです。今の世の中は、固定格差社会になりつつあります。社会的経済状況により優秀な子どもが教育が受けられず就職もできない、なんて傾向も少なくありません。また、働き盛りの人が病気になった時、解雇されたり保障がなかったりすることで、どうやって生きていけばいいのかわからないと途方に暮れている人も増えています。そうした世の中の「人生に関わる問題」を、微力であっても関わっていきたいのです。当たり前に転がっている不平等を少しでも平等にする手助けができたらうれしいですね。

読者へメッセージをお願いします。

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体の不調、不安なことがあれば、気軽にご相談にいらしてください。当院は専門的な医療や、特別な医療を行っているわけではありませんが、今その症状がどういう状態なのか、どのような治療が必要なのか、判断していくことはできます。一度お話していただければと思います。医療機関へ行き慣れていない人は、「病院」という言葉を聞いただけで身構えてしまうものかもしれません。けれど、医療は決してハードルの高いものではなく、今を生きるすべての人に寄り添って存在しています。ふとした時に当院を思い出し、まず行ってみようと思っていただけたら幸いです。

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