京浜健診クリニック

京浜健診クリニック

小幡 進一郎院長

頼れるドクター

22610

京急線金沢八景駅近くの「京浜健診クリニック」で、にこやかに対応してくれた小幡進一郎院長。同施設が開設された40年以上前、日本では健康診断はさほど重視されていなかったが、「がん治療の現場で手遅れになった患者さんを数多く診てきた父が、何としても早期発見に取り組みたいとの思いで始めたのです」と小幡院長はそのルーツを語る。当時からの思いを受け継ぎ、現在も健診に熱心に取り組む同施設の方針や健診を受ける際のアドバイスなどを詳しく聞いた。
(取材日2016年10月4日)

横浜市で40年以上続く、健診施設の老舗的な存在

―こちらは健康診断を専門とする施設と聞きました。

ええ、当施設は私の父が1972年に人間ドック専門の施設としてスタートさせ、がんや婦人科の病気など特定の病気に対する検査も行うなど、健康診断の専門施設として発展してきました。当時の医療機関はまだ病気やけがを治すところという意識が強く、病院で入院形式の人間ドックがようやく定着し始めたような状況。病院に付属しない個人立の健診施設などは無く、その意味で当施設は「健診施設の老舗」と呼んで差し支えないでしょう。40年以上も健診一筋でやってきた施設はごく少数で、ここで始めた工夫が全国に広がったものも多いのですよ。

―例えばどのような工夫をされてきたのですか?

一例を挙げると、健診結果をお伝えする書類、施設で医師が説明する際の資料などに、検査項目の5年分の結果を一覧表示する形式をいち早く採り入れました。健康診断では以前の結果との比較が重要なためで、そうしたデータが比較しやすいやり方を当施設で工夫して始めたのです。また単に健診結果が届くだけでは、「どの結果に注意して、これから何に気をつけて暮らせばいいか」までわからないため、かなり前から検査項目のコメント欄に簡単な解説や今後の注意点などを書き込んでいます。おかげさまで継続受診の大切さをご理解いただき、当施設で健診を受けられる方の約9割がリピーター。企業にお勤めのときから退職後も続けていただき、お付き合いが30年という方もいらっしゃいます。

―健診施設を始められるきっかけは何だったのでしょう?

父は横浜市立大学医学部を卒業してがん研究会の病院に入り、外科の医師として患者さんを救うため手を尽くしていました。しかしがんの早期発見が難しい時代で、手術をしても手遅れのケースが多く、非常に悔しい思いをしたと聞きました。その頃、アメリカでは大統領だったニクソンが「がん撲滅宣言」を出すなど、がんで亡くなる人を減らすトライアルを始めていました。父は手遅れになる前にがんを見つけて治療できないかとそれら海外の事例を調べる中、カイザー財団が始めた健診センターに興味を持ち、自分でも健診施設を持ってがんの早期発見に役立てようと考えたのです。ここは江戸時代からの景勝地ですが、分譲が始まったばかりでの土地に自前のビルを建て、個人で人間ドックを始めたのですから、父の思いは相当強かったのでしょう。そうした熱意が当施設の根底にあったからこそ40年以上も続けてこられたのだと思います。



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