うえだメディカルクリニック

うえだメディカルクリニック

上田 敦久院長
頼れるドクター掲載中

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関内駅から徒歩2分。「うえだメディカルクリニック」の上田敦久院長は、風邪やインフルエンザなどの感染症、生活習慣病といった内科疾患を中心に、ちょっとした体の不調を気軽に相談できる「かかりつけ医」として、地域に根差した診療を行っている。近隣には企業が多いことから、ビジネスパーソンが多く通う。また、膠原病・関節リウマチ疾患の診療も行っており、これらの疾患に苦しむ患者に対し、専門性の高い治療を提供しているのも強みといえよう。「気軽に立ち寄れるクリニックでありたい」と穏やかな口調で話す上田院長。そんな地域に欠かせないドクターである上田院長に、これまでの経緯や治療の方針について話を聞いた。
(取材日2017年11月6日)

研究を経験し、臨床のための基礎的な能力も鍛えられた

―医師になり、内科の中でも膠原病を専門にされた理由は何でしょう。

医師になろうと思ったのは物心がついた頃で、周囲にもそのように話していたようです。親が医師だったわけでも、家族が病気になって病院でお世話になった経験があったわけでもないのに、自分でも不思議です。自然に「医師になりたい」と考え、横浜市立大学の医学部に進学しました。1988年に学部を卒業後、1994年に同大学で大学院博士課程を修了しています。膠原病を専門にしたのは、学部に在籍している時にさまざまな科の先生方の話を聞く中で、「膠原病リウマチ内科」という診療科の存在を教えてもらい、興味を持ったからです。自己免疫疾患というのは非常にわからないことが多く難しい分野なんですが、だからこそ「究めがいがあるのではないか?」と考えたんですね。実際にやりがいは大きかったので、この診療科目を選んで良かったなと思っています。

―大学院では具体的にどんな勉強をされたのですか?

膠原病分野における基礎研究を行っていました。研究の上手な人は臨床も上手だというのが、私の経験からくる実感です。というのも、研究においては実験などに臨む前の自分の考えがきちんと整理できていなければうまくいかないのですが、臨床における診療も、いろいろな考え方を組み合わせて病気の可能性を診断するため、同じような能力が求められるからです。そういった意味で、最初の10年ほどは研究に重きを置いて医師生活を送らせてもらったおかげで、良い訓練ができたと思います。博士課程を修め学位をいただいた後は、アメリカ国立がん研究所NCI-FCRDCで客員研究員として3年間の経験を積みました。アメリカでの研究生活も楽しかったですね。医療者としてのみならず、生活者として人生の糧を得た気がしたものです。その後は、横浜市立大学附属市民総合医療センターの高度救命救急センターに1年間勤務し、 横浜市立大学の附属病院に戻りました。

―横浜市立大学附属病院では、准教授までの要職を歴任されていますね。

大学に在籍した25年間のうち後半15年間は、次第に臨床診療にシフトしていきました。先ほど申し上げた1年間の高度救命救急センターでの経験も大きかったと思います。さまざまな診療科の先生方と多くの相談ができ、総合的な判断力が鍛えられたとともに、そこで抗菌薬の使い方の重要性を教えてもらったんです。この経験を機に、感染症の分野にも深く携わるようになりました。私は、日本内科学会総合内科専門医と日本リウマチ学会リウマチ専門医であると同時に、日本感染症学会感染症専門医でもあるのですが、そこにはこうした背景があります。



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