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岡田 明 院長の独自取材記事

おかだ眼科

(吹田市/岸辺駅)

最終更新日:2020/05/22

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吹田市岸辺北2丁目、府道14号大阪高槻京都線(通称:産業道路)沿いのクリニックビルに「おかだ眼科」がある。岡田明院長は15年にわたる病院勤務で培った知識や技術を、地域医療に還元すべく開業した。かかりつけ医として、患者とのコミュニケーションを大切にしながら、10年後、20年後を見据えた治療を実践。充実した設備を生かして、緑内障や白内障の日帰り手術にも対応している。明るい話好きの先生で、診療時に視線が泳いでしまいがちな患者の目標となるよう、診療室の壁に「ココです」と書いた張り紙をするなど、ユーモア精神も豊かで、患者をリラックスさせてくれる。岡田先生に医院のポリシーや、眼科医師としてのこだわりについて話を聞いた。
(取材日2018年3月23日)

理想とする医師が礎を築いた眼科の医局で学ぶ

医師を志したのは何かきっかけがあったのですか?

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幼稚園年長組の時に、首のリンパ節が腫れて2週間くらい入院したことがあります。その時にお世話になった医師や看護師さんに憧れて医療の道を志したという話はよくありますが、僕の場合はお尻に注射を打たれたり、検査が嫌だったりして、病院というのは楽しくない場所だと思いました。それで、自分が大人になって良い病院をつくればいいと考えたわけです。当時は、病院にいる男性は医師、女性は看護師と思い込んでいて、僕は男性だから医師にならなければならない、そのためには医学部へ行かねばと思ったのが始まりです。

最初から眼科を希望されていたのですか?

中学生の頃から漢方には副作用がないと信じ込んでいて、内科の医師になって漢方と西洋医学の良いところを組み合わせれば、きっと素晴らしい治療ができると考えていました。ところが、学生の時に漢方薬を飲んで、口の周りが腫れるという副作用を自分自身が経験したのです。その瞬間に、ずっと思い描いていた理想の医療というのが崩れました。当時は、小さい頃から好きだった物作りの分野へ進み、医師の道をやめようと考えたくらいですが、意外なことがきっかけで眼科への道を志すようになります。

どんな出来事があったのですか?

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当時、ハンドボール部に所属しており、右目にシュートが当たってしまったのです。貧乏学生だったのですぐに受診しなかったのですが、翌日になっても良くならないので大学の紹介で近隣のクリニックに行きました。それまで眼科を受診したことはなく、大勢の患者さんがいることにまず驚きました。さらに初老の男性医師が優しく、とても丁寧に診て、わかりやすく説明してくださいました。その時は、幼稚園の時とは正反対で、医院に良い印象を持ったのですが、およそ2年後にその先生が、母校の前副学長だということがわかったんです。それを教えてくれた人に「でも、全然偉そうでなくて、優しい先生だった」と言うと、その人は「偉い先生ほど偉そうにしないもの」と言いました。名言です。当時は、心臓外科や産科に興味を持っていたのですが、その先生が礎をつくられた眼科の医局で学びたいと思ったのです。

10年後、20年後を見据えた治療を提供

大学卒業後は母校や関連病院に勤務されましたね。

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母校の大学病院の助手を振り出しに、関連病院では診療科長として研修医の先生の指導にもあたり、日本眼科学会認定の眼科専門医など資格も取得しました。大学受験の際は正直あまり勉強しませんでしたが、医師になるために猛勉強しましたし、医師資格を取ってからはさらに真剣に勉強しました。できるだけ多くの患者さんを診させてもらえるように、率先して当直も担当したほどです。受験勉強と違って身を入れて学べたのは、眼科医師という仕事が本当に好きになっていたからだと思います。毎日ハードでしたがストレスはまったくなく、学んだことがすぐに患者さんの診療に還元できることが励みになり、初めて学ぶことが楽しいと思えました。

そんな充実した毎日の中で開業を決心されたのはなぜですか?

仕事の最初の5年間は上司に従う期間、次の5年間は上司の判断に対して自分なりの意見を持つための期間、その後の5年間は自分を超える人材を5人育てる期間だと思っています。医学は日々進歩しているので、自分と同じレベルの人材を育てても治療の進化につながりません。できる人間がさらに次の代のできる人間を育成すれば病院はより良くなり、地域の医療レベルも向上します。僕の場合は優れた部下に恵まれて、後進を育てることができたので、大学病院を離れて地域医療に貢献しようと思ったわけです。

医院づくりでこだわった点を教えてください。

診療の際は、治療の説明などに集中していただけるよう、診療室はオフホワイトを基調にしました。待合室など直接治療に関わらないスペースは、高級ホテルのイメージで落ち着いたダークブラウンを基調にしています。器材や設備にも力を入れ、とりわけ手術室は大学病院レベルのクリーンな環境を実現し、大規模病院でも使われている機器を導入しました。また、僕は勤務医時代には「明るく楽しい眼科外来」を目標に掲げていました。視能訓練士や受付、看護師など、スタッフ全員がハッピーでなければ、患者さんをハッピーにすることはできないと考えているからです。それだけに、患者さんだけでなく、スタッフ一人ひとりをとても大切にしています。

診療の基本ポリシーを聞かせてください。

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その場限りの診療は絶対にしません。例えば、眼鏡を掛ければ見え方が改善するとわかっていても、ある程度年齢を重ねた人に急に眼鏡を掛けてくださいというのは無理があります。慣れるまでに時間がかかりますから。単に処方箋を書くだけでは、作った眼鏡を掛けてもらえなくなるケースも多いので、なぜ眼鏡を掛ける必要があるのか、使い始めにどんなつらさがあるのかなど、時間をかけて説明します。また中高年でコンタクトレンズを使っている人には眼鏡の使用を勧めます。高齢になるとコンタクトレンズの装着が難しくなり、老眼も進行するからです。地域に根差した医療を提供するためには、患者さんの10年後、20年後を見据えた治療が大切ですね。

医療機関の3つの役割をきちんと果たしていく

患者さんとの会話をとても大切にしておられますね。

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医療機関には3つの役割があると思います。1つは、患者さんの主訴となっている病気や不調を治療することです。もう1つは、本人が気づいていない病気を発見して適切に対応することです。結膜炎で受診した患者さんに、緑内障が見つかったり、糖尿病による影響が見られたりすることは少なくありません。そしてもう1つ、患者さんが抱えている不安や勘違いを解消してあげることも開業医の役目です。健康診断で言われたことを気にして悩んでおられる方は結構多いんですよ。この3つの役割を果たすためには、しっかり話をすることが重要なポイントになります。

海外で眼科治療を行うボランティア活動をされていたそうですね。

大学病院時代に先輩から勧められたのをきっかけに、ネパールやインドの医療施設のない地方の町や村へ行き、現地の人の白内障の治療を行う支援活動に参加していました。現地の人のための活動なのですが、自分のための活動でもあったと思っています。国内での診療はさまざまな雑事に煩わされるのですが、現地では医療チームの中で自分が医師として成すべきことだけに集中できます。眼科の医師をめざしていた頃の想い、生まれ変わってもまた同じ仕事がしたいと思える眼科医師の仕事の魅力を再確認でき、とても楽しい経験でした。だからこそ11年間も続けられたのでしょうね。もっとも最後の3年間は責任者として参加したので、複雑な事務手続きなど治療以外の大変な部分も経験しました。

では最後に、読者にメッセージをお願いします。

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コンタクトレンズの診療を行っていないので最初はご高齢の方が多かったのですが、真摯な姿勢で診療を続けることで、ありがたいことにそのお子さん、お孫さんと患者さんの層が広がってきました。今では3代にわたって手術をさせていただき、さらにお孫さんの弱視も診させていただいているご家族もおられます。最近は「医師にこんなことを聞いてもいいのかな」とか「こんなことで受診していいのかな」とためらう方もおられるようです。当院では、どんな質問に対してもきちんと答えますし、患者さんもいろいろなことを話してくださいます。不調や不安なことがあるときは、どうぞ安心してお越しください。

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