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辰巳 賢一 院長の独自取材記事

梅ヶ丘産婦人科

(世田谷区/梅ヶ丘駅)

最終更新日:2019/08/28

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小田急線の梅ヶ丘駅のそばにある「梅ヶ丘産婦人科」は1958年の開院以来、地域の産院として分娩に対応していたが、平成に入ってからは辰巳賢一院長の専門性を生かそうと不妊治療に絞って診療している。辰巳院長は日本における生殖医療の黎明期から不妊治療に取り組んできた医師の一人で、常に先進的な治療を取り入れるよう努める一方で、患者の負担をできる限り減らしたいと自然に近い形での妊娠をめざしている。「信頼してくれた患者さんに何とか応えたい。ともに立ち向かう気持ちを持って診療に臨んでいます」と話す辰巳院長に、今までのキャリアやクリニックの特徴などについて聞いた。
(取材日2018年3月11日)

母校・京都大学の特徴から不妊治療に関心を持つように

まずは、産婦人科の医師をめざした経緯をお聞かせいただけますでしょうか。

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医療の世界にはさまざまな診療科がありますが、産婦人科は命の誕生に立ち会えるという他科では経験できない素晴らしい分野です。叔父が産婦人科医だったこともあり、1979年に京都大学医学部を卒業した後、京都大学病院の産婦人科に入局し、研修医となりました。

先生のご専門は不妊治療だそうですね。

はい。母校の京都大学は私が在籍していた当時から生殖医療にとても力を入れていたので、私もおのずと生殖医療、とりわけ不妊治療に関心を寄せるようになりました。今でこそ不妊治療はメディアで取り上げられることも増えて認知度も高まっていますが、当時はそれほど注目されていませんでした。しかしながら欧米などの状況を見ていると、日本でもこれからニーズが高くなっていくであろうことは予想できました。それで私は京都大学病院や滋賀県の市立長浜病院で、まず産婦人科医としての経験を重ね、大学に戻ってすぐに東京大学医科学研究所の研究員として派遣され、1年後に博士論文を完成。「今後は体外受精の臨床に専念しなさい」と教授からアドバイスを受けたことで、京都大学医学部附属病院の不妊治療体外受精チームの中心メンバーとして活動しました。

こちらの診療に加わったのはどんな経緯だったのでしょうか。

当院はもともと、私の妻の父が1958年に開業した医院なんです。私はずっと京都大学医学部附属病院で不妊治療の外来診療や体外受精の研究に従事していましたが、やがて「もっと患者さんに近い距離で治療をしたい」と思うようになり、そうした話を義父にしたところ、「ここで自分のやりたい医療を行ったらどうか」と声をかけてもらったんですね。それで1991年にまずは副院長として加入したわけです。当院は当時、この地域の産院として多くの赤ちゃんを取り上げていたのですが、私の加入によって不妊治療にも注力するようになりました。

今では不妊治療に絞って診療されているのですよね。

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ええ。診療開始当初からできるだけ自然に近い形での妊娠をめざす一般不妊治療と、体外受精や顕微授精など高度な技術を活用する生殖補助医療、お産を3本の柱として診療していました。すると、徐々に不妊治療のために来院される方が増えていきました。体外受精の件数が増えたことに伴い、お産と不妊治療のどちらか1本に絞った方が集中して治療を行えるだろうと考え、1998年にはお産を止めて不妊治療に専念することにしました。

先端的な治療を行いつつ、患者の負担軽減に努める

先生が生殖医療の研究を始めた当時と今とでは、どんな違いがありますか?

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当時は言うなれば生殖医療の黎明期で、日本は欧米に比べて不妊治療の技術は未成熟でした。不妊治療のために医療機関を受診すること自体、一般的ではありませんでしたし、メディアで「年齢が高くなると卵子が老化するので妊娠が難しくなる」と言及してもほとんど注目されず、あっさりと流されてしまうほど。しかしこの30年で不妊治療の技術は格段に進歩し、より安全性に配慮されたさまざまな治療を行えるようになり、また多くの方がその恩恵を受けられるようになりました。それに伴って社会的な認知度も高まり、卵子の老化についても常識として語られるようになってきたように思います。

先生が取り組んだ不妊治療の経験をお聞かせください。

私が心がけているのは、できるだけ自然に近い形で妊娠していただくことです。当院では人工授精や体外受精、顕微授精などの生殖補助医療の分野のほとんどの先端的な治療を行っていますが、高度なものになるほど患者さんの身体的、精神的、経済的な負担は大きくなってしまうので、私は必要最小限の治療で妊娠していただくことを重視しています。私がここで診療するようになった1991年の4月から現在までに、3万人以上が不妊治療のために来院されました。

不妊治療はどのくらいの期間がかかるのでしょうか。

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ほとんどの方が最初の3か月から6か月で一般不妊治療を行い、次の3か月から6か月間で人工授精を、それでも効果がなかった場合は体外受精などの生殖補助医療を行う流れになっていて、数ヵ月から2~3年以内に結果につながることが多いです。しかしながら、力を尽くしても中には妊娠に至らない方もいらっしゃいます。不妊治療で難しいのは治療の終わりの見極めです。年齢が高くなるほど妊娠が難しくなることはわかっていても、実際は個人差があります。「45歳以上だと妊娠はできない」と杓子定規に決めることはできないわけで、治療を止めるタイミングを決めるのはとても難しいんです。

患者とともに立ち向かうつもりで治療に臨む

現在の診療体制についてお聞かせください。

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10年ほど前まで私一人で診療していましたが、7年ほど前から医局の後輩を常勤医として招いています。現在は信頼のおける内田崇史先生が副院長として頑張ってくれています。また、2019年4月からは、国立成育医療研究センターの不妊診療科長をしておられた齊藤英和先生にも月曜から金曜の午前に外来診療をしていただいています。毎週水曜日の夜間は男性不妊治療を専門とする泌尿器科の医師に、男性不妊の外来を開いてもらっています。その時に来院される男性も増えましたね。

お忙しい中、休日はどんなふうにお過ごしですか?

私は大学時代、アイスホッケー部に所属していました。とても厳しい部活で、先輩に「世の中に出たらもっとつらいことがあるんだぞ!」と叱咤激励されながら何とか卒業まで頑張りましたが、いまだにあの頃ほど、つらい目にあったことはありません(笑)。当時の経験が医師としてのハードワークに耐えられた原点になっていますね。今でも東京都のオールドタイマーズリーグに所属するチームでプレーしているんですが、このチームには日本や世界で活躍していたチームメイトが何人もいますから大きな刺激を受けます。そしてなんと、2016年と2018年には60歳以上の大会で日本一を果たしました。ゴルフはシングルで関東ゴルフ連盟主催の競技にも出ています。

最後に、読者にメッセージをお願いします。

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不妊治療で結果を出せるかどうかは、何よりも女性の年齢が関わります。お子さんを望まれるなら、できれば30歳までに一人目を産むよう、計画を立てていただきたいですね。そうは言っても、結婚年齢はどんどん上がっていきます。なかなか結果が出ない場合もあります。当院では看護師による相談室を設けたり、月に2回は公認心理士にも来てもらって、患者さんがなるべく相談しやすい体制を整えています。私も患者さんに当院を選んでいただいた以上、何とか信頼に応えたいと力を尽くします。患者さんと一緒に立ち向かう気持ちで治療に臨んでいきます。

自由診療費用の目安

自由診療とは

人工授精/約2万円、体外受精/29万円~、顕微授精/36万円~

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