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国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター病院 多発性硬化症センター 山村 隆 先生

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国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター病院
多発性硬化症センター 山村 隆 先生

たはつせいこうかしょう(エムエス)多発性硬化症(MS)

概要

多発性硬化症は、英語の病名(Multiple sclerosis)の頭文字を取ってエムエスとも呼ばれ、脳や脊髄、視神経に病変ができ、体のあちこちにしびれや痛みが次々に、あるいは同時に多数でたり、物が見えにくくなったりする病気で、国から難病に指定されています。多発性硬化症の患者を病理解剖すると、硬くなった病変があちこちに見つかるため、多発性硬化症と名づけられました。この病気は欧米人に多く、日本人には少ない病気ですが、国内でも1万5000人程度いると推測されています。若い成人に多く、男性より女性に多い病気です。まだ、完全に治すことはできませんが、さまざまな治療法が開発され、長い期間にわたって再発のない安定した状態を維持することや、症状のコントロールが望めるようになってきています。

原因

多発性硬化症は、脳、脊髄、視神経のさまざまな部分に炎症が起きて脱髄性の病変ができる病気です。人間は脳から神経を介していろいろな情報を体全体に伝えています。また逆に体全体から情報が脳に伝わり、外界でなにが起こっているのかを感知できるのです。神経細胞からは電線のような働きをする軸索という突起が出ていますが、正常な軸索はミエリンというカバーに覆われて守られています。このミエリンが壊れて中の軸索がむき出しになることを「脱髄」といいます。多発性硬化症はこの脱髄が起き、情報がスムーズに伝わらなくなってしまうのです。脱髄が起きる原因はまだ完全に解明されているわけではありませんが、リンパ球などの免疫系が誤って自分の体を攻撃してしまうと考えられています。なぜ自分の脳や脊髄を攻撃するのかはまだわかっていませんが、遺伝的な因子と環境因子が影響していると考えられています。多発性硬化症に非常によく似た視神経脊髄炎は、アクアポリン4というタンパク質に反応する抗体が重要な役割をすることがわかっています。

症状

主な症状は、手足の痛みやしびれ、感覚が鈍い、逆に過敏になるといった感覚障害、手足に力が入らず歩きにくい、ふらつくといった運動障害、物がぼやけて見える、視力が急に低下する、目の奥が痛いといった視神経炎の症状、さらに頻尿、残尿などの排尿障害や勃起不全、理解力低下や忘れっぽくなるといった脳機能の低下(高次脳機能障害)などがあります。こうした症状が体のあちこちに同時に出たり、時間差で出たりします。治療によって症状が軽くなると、そのあと安定した状態(寛解)が続きます。しかし、寛解の期間は予測できず、急に新しい症状が現れることがあります(再発)。一般には再発を繰り返すたびに、症状の回復が悪くなるので、再発を予防する治療が必要です。また、最初のうちは寛解と再発を繰り返しますが、途中からは再発せずに徐々に悪化していくタイプや、初めのうちも再発はなく、徐々に悪化していくタイプなど、人によって症状の出方はさまざまです。

検査・診断

医師が問診で症状やその程度、出現のタイミングなどを聞き取った後、脳神経内科医は、身体診察で視力、感覚、運動、歩行などを評価します。多発性硬化症の診断で最も重要な検査がMRIです。MRIを実施して病巣の有無や、どの領域で神経細胞の脱髄が起きているかを確認します。造影剤を使用してMRIを撮ると、現在の炎症と過去の炎症のあとを区別できることがあり、MSの診断に意味のある検査です。さらに必要に応じて、腰椎に針を刺して髄液を採取して調べたり、脳に弱い刺激を与えて起きる電気的な反応(脳波)を調べる誘発電位検査などを追加したりする場合もあります。また、病気の進行や障害の度合いは、身体診察をもとに算定する総合障害度(EDSS)によって評価されます。

治療

まだ、多発性硬化症を完全に治癒させるような治療法はありませんが、21世紀に入って再発を予防するためのさまざまな治療薬が利用できるようになっています。日本では現在、再発寛解型MSには、注射薬のインターフェロンβとグラチラマー、ナタリズマブ、オファツムマブ、内服薬のフィンゴリモド、フマル酸ジメチルが使えるようになっています。また現在では、二次進行型MSに適応のある薬剤シポニモドもあります。症状が強く出ている急性期(再発期)には、ステロイドパルス療法という大量のステロイド投与を断続的に数日間繰り返す治療を行うことが一般的です。重症の場合は、血液を透析と同じ方法で体外に抜き出して、過剰に増えた抗体を取り除いて戻す血液浄化療法を行うことも。症状や副作用、生活スタイルなどを主治医にしっかり伝えて選ぶようにしましょう。また、またさまざまな薬を組み合わせて症状のコントロールを図る対症療法も意義があります。例えば、けいれんがあったり、排尿障害があったりするときは、それらの症状を抑えるための薬を使用することになります。

予防/治療後の注意

多発性硬化症では、体温や気温が上昇すると「ウートフ徴候」という一時的な症状悪化が見られることがありますので、運動をするときは水分を十分に摂取してこまめに休憩し、冷却スプレーで体を冷やすといった工夫を心がけてください。腸内環境を健康に保つことが大切なので、栄養のバランスが取れた食事、食物繊維の多い食事を心がけるようにしましょう。 喫煙は多発性硬化症の発症や進行との関連が指摘されていますから、禁煙をお勧めします。無理をしなければ、仕事、家事、出産・育児なども可能なことが多いので、主治医に相談しながら生活してください。

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター病院 多発性硬化症センター 山村 隆 先生

こちらの記事の監修医師

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター病院

多発性硬化症センター 山村 隆 先生

1980年京都大学医学部卒業後、同大学医学部附属病院老年科・神経内科研修医に。1987年西ドイツMax-Planck研究所へ留学。ハーバード大学客員研究員も務めた。1990年、国立精神・神経センター疾病研究第六部第一研究室長として多発性硬化症の免疫病態の研究を開始。イスラエルWeizmann研究所出張、免疫研究部長を経て、2015年より神経研究所特任研究部長。 糖脂質医薬OCH、核内転写因子を標的とする治療薬、視神経脊髄炎の新規治療法の開発や、多発性硬化症の発症と環境要因の関連研究に力を注ぐ。