渡辺 裕美子 院長の独自取材記事
医療法人 むた医院
(中間市/東水巻駅)
最終更新日:2024/09/27
遠賀川に架かる中間大橋を渡り、東へしばらく行くと広い駐車場を備えた「むた医院」が見えてくる。同院は、牟田米子前院長が1993年に開院して以来、30年にわたり地域密着型の医療を提供してきた。2023年1月に娘である渡辺裕美子先生が院長に就任。「全身を診れる医師になりたい」と総合診療科で研鑽を積んだ渡辺院長は、そのキャリアを生かし、患者の全身状態や過去の病歴などを踏まえた上で診療と検査を行うことにより、早期に疾患を発見し的確な医療を提供できるよう努めている。「“ゆりかごから墓場まで”をめざした家庭医療に取り組んでいきたい」と笑顔で語る渡辺院長に、これまでの経歴や地域医療にかける想いを聞いた。
(取材日2024年4月17日)
30年の歴史ある医院を引き継ぐため、総合診療を学ぶ
開業約30年と伺いました。医院の歴史をお聞かせください。
1993年に呼吸器内科に強みを持つ母が開業したのが当院の始まりです。それまで母は大きな病院で勤務医をしていたのですが、肺がんなどかなり症状が悪化した状態で来られる患者さんを数多く診療する中で、「地域のかかりつけ医として、早期に病気を見つけたい」という思いが募り、クリニック勤務を経て、開業を決意したそうです。私は母の後を継ぐために2019年から当院での診療に加わり、2023年に院長に就任しました。
水戸協同病院の総合診療科で経験を積まれたそうですね。
はい。私はもともと「きっと姉が母の後を継ぐだろうから」と考え、外科系に興味を持ち、総合診療科の存在も知りませんでした。しかし私が学生の頃に姉が小児科専攻を決めてしまったため、大学6年生の時に前院長である母から、内科に行ってむた医院を継ぐようにという急転直下の指示が……(笑)。そこで内科系を、と思ったのですが初期研修中に今後何を専攻すべきかを迷うことに……。「今後のむた医院に必要なのは、全身を診れる町医者なのではないか」と考え始めていた矢先、総合診療の分野で知られている徳田安春先生の講演を聴く機会に恵まれました。徳田先生の幅広い知識とその対応力のすごさにたいへん感銘を受け、先生に師事するため茨城の水戸協同病院へ入職することを決意し、水戸へ転居しました。
その後のご経歴を教えてください。
徳田先生のもとでたくさんの疾患について学び、今の診療の礎となる詳細な問診と診察を実践していたのですが、病院での診療を続けていると急性期を越えたその先を診ることができないことに気がつきました。クリニックでは「急性期の後」を診ることも必要であり、それが重要なのではないかと感じ始めたため、水戸でお世話になった上司に相談し、今度は群馬県の利根中央病院で群馬家庭医療学センターに属して研鑽を積みました。そこでは小児から高齢者まであらゆる世代の診療に関わり、診断や治療だけでなく、患者さん自身の社会的背景や悩みや家族との関わりを持ち、介護に介入したりなど、まさに「ゆりかごから墓場まで」とことん寄り添う医療を学ばせていただきました。
詳細な問診に基づき、幅広い検査に対応
幅広い分野を診療されていますね。
内科、呼吸器科、消化器科、小児科に対応しているほか、胃内視鏡検査と大腸内視鏡検査、CT検査といった検査や、がん終末期の緩和ケアも行っています。現在は私が常勤で診療を担当しており、週に2回、呼吸器が専門の母が残り、小児科の姉やほか非常勤医師と合わせて毎日二診制をとっています。さらに、内視鏡や循環器分野を専門とする非常勤の先生方にも週1から月1で協力いただき、専門性の高い診療を提供しているのも当院の強みです。「何科を受診したらいいかわからない」と当院を訪れる患者さんも多く、総合診療を学んだ医師としての経験を生かし、“全身を診る”ことを重視しています。
総合診療の考え方に基づいた診療を実践されているとか。
はい。診療において大切にしていることは、患者さんの病歴を詳細に聞くことと、全身診察をしっかりすることです。その患者さんがいつからどこにどんな異常があるのか、元々どんな病気を患っているか、家族にどういう病歴があるか等まで、いろいろな情報をお伺いした上で、どんな検査をすれば診断がつくかを考え、検査に臨みます。診断をつけるために患者さんから聞き出したい情報はとにかくたくさんあって、特に初診の患者さんは、ものすごく診察に時間がかかってしまうんです。他の患者さんをお待たせすることになってしまうので心苦しいのですが……当院の診療において一番重視していることなので、どうかご理解いただきたいです。
検査も多く対応されていますね。これも同院のこだわりでしょうか?
はい。検査機器の充実は母のこだわりです。異色の経歴だと思いますが、母は最初に読影の技術を学ぶために放射線科に入局し、それを学んだ後、本来入りたかった内科に入り直したのだそうです。放射線科の医師としての経験があるからこそ、開業当時からエックス線やCTなどの検査機器の導入に積極的だったのだと思います。「がんを早期に発見したい」という熱意のなせる業ですね。総合診療を大切にしている私としても、全身を診るための検査機器が充実している今の環境はありがたい限りです。また患者さんに自覚症状がなくても、胸のエックス線や心電図等は年に1回ほど、エコーや内視鏡などの検査は何か軽度異常等がある場合は必ず定期的に受けていただくようお勧めしています。今後も定期的な検診には力を入れて、早期発見、早期治療に努めていきたいですね。
看護師の皆さんも、病気の早期発見に対する意識が高いそうですね。
そうなんです。当院では全患者さんに医師の診察の前に処置室で看護師による予診を実施するようにしています。その時点で患者さんの様子に非常に気を配ってくれ、普段の状況を聞く上で異常があれば患者さんから詳しい症状などを聞き出して医師に事前に確認して採血やエックス線検査等を進めておいてくれるので、診療がスムーズになります。先ほど「どうしても診察に時間がかかってしまう」というお話をしましたが、スタッフは皆「患者さんの待ち時間が長くなるのをなんとか解消したい」と、効率を意識して動いてくれています。素晴らしいスタッフに恵まれ、本当に感謝しかありませんね。
「ゆりかごから墓場まで」をめざした家庭医療を提供
先生は4人のお子さんの育児と仕事を両立されているとお聞きしました。
4人目はまだ生後3ヵ月です。産んで2ヵ月後に診療に復帰することができましたが、これもすべて、産休育休中に診療や医院運営をカバーしてくれた母や姉、非常勤の先生方、そして夫や父の協力があってこそです。特に、事務長業をこなしながら、毎日子どもたちの送り迎えから食事の用意などすべて完璧にこなしてくれる夫には頭が上がらないですね。実は総合診療を学びたい一心で飛び込んだ水戸で夫と出会いました。「水戸に行った一番の功績はこんな旦那さんを連れて帰ってきたことだね」とみんなから言われます(笑)。これからも家族全員で協力しながら医院を存続させていきたいですね。
今後の展望をお聞かせください。
母が昔から診てきた患者さんは特に、年齢を重ね通院が難しくなる方も増えてきています。今後はできる限り往診や訪問診療で対応していきたいとは考えているのですが、今の人員体制だと限界があり実行できていないのが現状です。 1人でも常勤の先生が増やせたらと検討中です。また、当院ではがん終末期の患者さんの緩和ケアやお看取りもしています。今後はがん終末期でなくても「最期まで自宅で過ごしたい」という患者さんや「最期は自宅で看取りたい」というご家族も多くなってくると思います。そういったご希望にも応えられるよう、訪問診療の体制を確立させていきたいですね。
最後に、地域の皆さんにメッセージをお願いします。
私は、総合診療の本質は、「どの科を受診したらいいかわからない」という患者さんにとっての最初の相談窓口のような役割を果たすことだと考えています。病気の早い段階で適切な診断をつけることで、なるべく早く専門の診療科につなぐことができればと思っています。正しい診断のためには、患者さんからさまざまな情報を聞き出す必要があり、診療には時間がかかってしまうかもしれません。「ゆりかごから墓場まで」をめざし、とことん寄り添う医療を提供していくつもりですので、長い目で見ていただけるとありがたいです。ちょっとした体の不調でも、介護サービスのことでも、気になることがあればいつでも気軽にご相談ください。