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平賀 正文 院長の独自取材記事

平賀内科クリニック

(広島市南区/広大附属学校前駅)

最終更新日:2021/10/12

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住宅の建設が進む広島市南区にある「平賀内科クリニック」。街が新しく変化する中、開業以来変わらず地域の人々に寄り添っているかかりつけ医院だ。平賀正文院長は、2002年に父からクリニックを継承し院長に就任。見えない体の内部を知ることで納得して治療に取り組んでもらうため、診察では心臓や血管の模型を使って体の構造を説明している。また、患者の症状やニーズに合わせ、必要に応じて漢方薬も処方している。「クリニックに特徴がないことが特徴」と話す平賀院長。自分ができることに精いっぱい取り組み、患者の力になりたいと考えている。父の背中を追って医師の道へ進み、恩師の導きにより循環器を専門としてきた平賀院長に、これまでの歩みと日頃の診療について話を聞いた。

(取材日2020年12月24日)

父と師の背中を追いかけ、地域に寄り添う医師の道へ

この地域の特色や患者さんの層について教えてください。

Hiraganaika 06

この地域はもともと住宅地ですが、街がだんだんと新しくなっていますね。近くに大型ショッピングセンターができてから人が集まるようになり、住民がさらに増えた印象です。以前の高齢者が多かった街から変わってきているのを感じます。飲食店なども増え、建物も変わってきましたね。診察に訪れるのは、地元に長く住むご高齢の方が多いです。

医師をめざしたきっかけを教えてください。

Hiraganaika 33

一言で言うと、勤務医だった父の「後ろ姿」です。まだ幼かった頃、父とは外来のない日曜によく一緒に出かけていましたが、その時まず最初に、勤務する病院に寄るんです。父は白衣を着ると、私を誰もいない外来のロビーで待たせ、廊下を歩いてどこかへ行ってしまうんです。その時の後ろ姿がとても印象的で今でもよく覚えています。当時は、白衣を着た父が暗い廊下の先のどこへ向かっているのかわかりませんでしたが、今となっては入院患者がいる病棟へ向かっていたのだとわかります。病院の守衛さんも「平賀先生の子」と覚えてくれて、気にかけてくれました。父も仕事をしながら「もうちょっとしたら出かけよう」と声をかけてくれました。「これが父の姿なのだ」と印象に残っています。一人で待った後に父と鉄道に乗って出かけたことも良き思い出です。

先生が循環器を専門にしようと思われた理由は何だったのでしょう?

内科の医師だった父は、当時としては新しい分野の心臓疾患を専門にしていました。その影響もあり、循環器に関心がありました。大きな転機となったのは、大学での実習中に救命救急センターの現場を見たことです。広島県出身の当時のセンター長が同郷の私を気にかけてくださり、見学を勧めてくださったんです。見学をしたのが、循環器内科でした。救急の現場を間近で見てその大変さをよく理解していましたが、日々忙しいほうがやりがいがあると考え、循環器を専門にしました。この道を選んだのは、父と学生時代に出会ったセンター長の導きによるものですね。

模型や図を使い体の内部をわかりやすく伝える

診察の際に心がけていることを教えてください。

Hiraganaika 80

患者さんに丁寧に説明をするように心がけています。言葉だけで説明をしても「イメージができない」「体の中の様子がわからない」といった疑問を持たれる方が多くいらっしゃいます。そこで、心臓や血管の模型を使って説明したり、模型に触れて体の構造や症状を実感していただいたりしています。血圧の治療をする際には、どれほど血管に圧力がかかっているのか模型を握ってもらいます。そうすれば症状がわかりやすく、治療の必要性も伝わりやすくなります。診察の際に症状や治療について疑問をお持ちの方がいらっしゃる一方で、ある程度の知識をお持ちの方もいらっしゃいます。そういった方にも、知識と実際の症状がどのように結びつくのか、体の構造などを説明して納得していただいています。モヤモヤとした気持ちで帰られることのないように納得できるまでわかりやすく説明することを心がけていますね。

クリニックで力を入れて取り組んでいることはありますか?

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そうですね。当院の特徴でもあり、見方を変えれば欠点にもなるのですが、診療にこれといった特徴がないのです。つまり、「私の知る範囲のことならどんなことでも対応します」ということです。どこで診てもらえばよいかわからない方には、「この病院のこの先生に診てもらうとよいですよ」と提案し紹介します。わかる範囲のことはなんでもお手伝いをするように努力しています。これからもこの気持ちを持ち続けたいですね。

漢方も処方しているそうですね。

西洋薬だけではなく、漢方薬など幅広い選択肢を提供したいと考えています。抗生物質の服用が難しい方やアレルギーのある方には漢方を提案しています。ただ、漢方薬にも限界がありますので、患者さんの症状を見極めながら処方しています。漢方薬を扱うにあたり、西洋医学と中国医学のことを幅広く勉強しています。どちらにもメリットとデメリットがありますので、これからも知識を深めるように努めています。

患者の願いをかなえるために医師としてできること

これまでの診療の中で印象に残っているエピソードがあれば教えてください。

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医師になって3年目の時に、膵臓がんの方を担当しました。診断をつけるところから終末期のターミナルケアまで、長いお付き合いとなった患者さんです。当時は膵臓がんは診断がつくまでに時間がかかる病気でしたが、最終的に私が診断をつけ、告知をするかしないかを考えて告知をしました。私自身、告知や抗がん剤治療についていろいろな葛藤や悩みを抱えていましたから、看護師など多くの人に助けてもらいましたね。今でも印象に残っているのは、患者さんとの会話です。その患者さんが、「吾妻山へ行って野鳥を見るとよいよ」と勧めてくださいました。自然が好きな方だったんですね。そのお話から、吾妻山を見せてあげるために私が外出許可を出して、看護師が患者さんを吾妻山まで連れて行きました。今はこのようなことは制度上できませんが、当時は願いをかなえることができました。この方に寄り添ったおよそ5ヵ月間のことは、今でも鮮明に覚えています。

休日はどのように過ごしていますか?  

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妻と2人で近所の山を登っています。ハイキングの感覚ですね。患者さんに勧めていただいた吾妻山にも登っています。自然に触れると気分をリフレッシュできますね。あとは、読書をよくします。医学に関するものもよく読みますよ。最近は感染症やパンデミックをテーマにした過去の作品をもう一度読み直しています。診察室にも医学書が並んでいますが、研修医時代のようにいつでも読み返して復習するために置いています。

今後の展望についてお聞かせください。

一人でできることは限られていますが、私にできることはすべて患者さんにして差し上げたいと考えています。そのためには、幅広く学ぶ必要があります。広く浅くですが、自分にできることを増やしていきたいです。若い頃はなんでもできると思っていましたが、年齢を重ねて、できることとできないことがあるとわかるようになりました。限界がわかるようになったので、今の自分は昔の自分よりも少し高いところに立てていると思います。

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