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荘司 康嗣 院長の独自取材記事

荘司外科

(伊丹市/伊丹駅)

最終更新日:2020/04/01

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阪急伊丹線の伊丹駅から徒歩3分のところにある「荘司外科」。1937年から80年以上続く外科専門クリニックだ。以前は、手術や入院患者も受け入れる病院だったとあって立派な建物を構え、待合室も広々とした空間になっている。3代目院長を務める荘司康嗣先生は、日本外科学会外科専門医、日本消化器病学会消化器病専門医、日本大腸肛門病学会大腸肛門病専門医の資格を持ち、潰瘍性大腸炎の治療を専門に長年取り組んできた。「活舌よく話すために語調が強くなり、患者さんからは初診の時は怖かったと言われることもあります」と笑うが、優しい語り口からは患者を思う温かさを感じる。専門の潰瘍性大腸炎を中心に、患者との関わりや院外での活動、プライベートまで幅広く話を聞いた。
(取材日2019年11月28日)

身近な外傷の治療から、炎症性腸疾患の難病治療まで

外科クリニックとしての同院の特徴を教えてください。

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当院は2つの医療的側面があります。1つ目は、一般的な外科治療による地域医療ですね。外科と整形外科では、けがで皮膚を切ったり骨折をしたり、肩や、膝、腰が痛いといった症状で来院する方が多いです。外科の治療では、傷を覆う医療材料が進歩し、縫合をせずにテープで止めるというクリニックも多いですが、当院は傷痕も比較的きれいになるように必要に応じて縫合による処置を行っています。肛門外科は、近くのクリニックでは恥ずかしいという方が遠方からもお越しになります。そして、第2の側面は、専門的な難病医療です。私は長年、兵庫医科大学病院で潰瘍性大腸炎やクローン病など炎症性腸疾患を専門として手術を手がけてきました。現在は術後の障害や遅れて出てくる合併症の相談で各地から患者さんが来られます。

潰瘍性大腸炎ではどんなお悩みが多いですか?

潰瘍性大腸炎の治療に対する不安や術後の合併症のほか、ステロイドホルモン治療の副作用に対する悩み、普段かかっている専門医に聞けないことなど多岐にわたります。例えば、「排便回数が1日10回あるが、自分にとってこれは適正なのか」「脱水になりやすく体がだるい」「膝や腰が痛い」といった相談を受けます。このような潰瘍性大腸炎などの診察の場合、さまざまな悩みを抱えている患者さんもいらっしゃるため、火曜日の午後は予約診の枠をとって、しっかり患者さんの話に耳を傾けています。普段の診療時間でも初診の場合は時間を取って患者さんの不安が少しでも解消できるように努めています。

印象に残っている患者さんはいらっしゃいますか?

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潰瘍性大腸炎は2歳でも80歳でも起こり得る病気です。兵庫医大に勤務していた際、小児科でずっとステロイド治療をしてきて、合併症でほとんどの背骨が圧迫骨折を起こしている小学生がやって来ました。父親は手術を希望していましたが、母親は絶対に手術はさせたくないと言っていました。そこで、本人を中心にして手術内容やその後の合併症の問題、死亡例についてもしっかり伝えました。その子が「先生、このまま手術をしなかったら死ぬよね」と尋ねたので、「そうかもしれないね」と答えると、「じゃあ、僕手術するよ」と手術を決断してくれました。とても難しく大変な手術でしたが、その子は今、中学・高校と進み成人しています。「勇気をもって決断してくれたから手術ができた。君の決断に敬意を表します」と伝えたことを覚えています。

「他のために生きよ」の言葉を胸に、医師の道へ

患者会の活動もされてこられたそうですね。

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炎症性腸疾患の患者会には1990年頃から関わっています。当時は潰瘍性大腸炎の手術ができるのは日本全国で7ヵ所。術後のフォローもできる病院が限られていたため、難病の患者会から依頼を受けて講演や医療相談会に行ったりしていました。ある時の患者会で中学生の患者さんとご両親からお話があり、手術症例の経験が豊富で設備が整っている兵庫医科大学で手術を受けるよう勧めたのですが、その子は1度目の手術を受けた病院での手術を希望しました。しかし、術後に合併症で亡くなってしまいました。100%安全な病院はありませんが、いくら患者さん自身が希望したとはいえ、なぜもっと強く言わなかったのだろう、と今も後悔しています。開業医となった今、紹介先について相談を受けますが、患者さんにとってふさわしく、安心できる医療機関を紹介できるようにすることが私の大切な役割だと感じています。

大学病院の勤務から、こちらの医院を引き継がれた経緯を教えてください。

父が2001年に亡くなり、急きょ継承しました。それまでも週1回は帰ってきて、外来を手伝っていたのですが、すべてを一人でするのは初めてで不安もありました。私どもの時代は、今の研修制度とは違い、修練のため関連病院へ出向することで、脳外科の手術、眼科、耳鼻科の緊急処置、骨折の保存的治療もすべて経験できました。そのことが当院の診療を継承していく上で助けになりました。また、潰瘍性大腸炎に対するステロイド治療による合併症は、糖尿病、高血圧症、緑内障、白内障、骨粗しょう症、うつ病など全科にわたり、大学病院でさまざまな科の先生と協力した経験も役に立ちました。先代の時は、外科・整形外科だけでしたが、継承後は透視台や消化管内視鏡、超音波装置も入れて、消化器や肛門も診ることができる体制を整えました。診療中に、祖父や父が診てきた患者さんにお会いすると引き継いで良かったと思います。

医師になろうと思ったのは、やはりご家族の影響ですか?

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実は、両親から「医者になれ」と言われたことは一度もないんですよ。大きな影響を受けたのは、アフリカで献身的な医療活動をしたアルベルト・シュヴァイツァー博士の伝記を読んだことと、小学校の恩師から習った「一所懸命」という言葉でした。また、通っていたカトリック系の中学・高校の神父さまから、「他のために生きよ」と教えられました。自分に自信が持てなかった私でしたが、「他のため」にとはどのように生きたらいいのか考えたことが、医師を志すきっかけとなり、私の医師としてのモットーになっています。今日まで医師としてやってこれたのは、自分の意思でつかみ取ったというよりは、さまざまな人との偶然の巡り合わせや出会い、支えの中で与えられてきたものだと、60歳を過ぎた今、つくづく感じています。

正しい情報をもとに専門の医療機関にかかることが大切

院外活動として、伊丹市医師会の活動でも活躍なさっていますね。

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伊丹市医師会との関わりは父が急逝した時、「地域にとって必要な外科だから」とすぐに継承し診療できるよう手配してもらうなど、お世話になったことから始まります。同会では地域医療担当として長く携わってきました。全科に及ぶ開業医同士の関わりや、周辺病院との病診連携がスムーズに保たれることと同時に市や保健所などの健康福祉行政とも協力し、伊丹市民の皆さんへの安心安全な医療の提供に努めることが医師会の大切な役割だと思っています。また、長崎で被ばく者の治療にあたった永井隆博士が作った日本カトリック医師会の監事もしています。洗礼を受けたのは大学3年生の時ですが、キリスト教の土台の上に自分の生活や医療の活動があると思っています。

お休みの日はどのように過ごされていますか?

週1回テニスをしています。趣味というよりは自分の健康のために続けていますね。また、カトリックの信仰を持っていますので、日曜日は教会のミサに与ります。カトリック医師会の関係もあって最近は、熊本にあるいわゆる赤ちゃんポストである「こうのとりのゆりかご」を関西にも作ろうというNPO法人「こうのとりのゆりかご in 関西」の活動にも理事として参加しています。私たちは現在、妊娠や出産に悩む人に電話相談を行い、医療機関や特別養子縁組を行う組織への橋渡しに努めています。

今後の展望や受診のアドバイスがあればお聞かせください。

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外科のかかりつけ医として、日常の思わぬケガや火傷、打撲、捻挫など何かあれば我慢せず相談だけでもいいので受診していただきたいと思います。また、消化器病・大腸肛門の専門の医師としては、腹痛、嘔吐、下痢など日常生活に見られるおなかの病気の他、治りにくい肛門異常の診察・治療、さらには潰瘍性大腸炎や、クローン病の術後管理を含めた専門的な医療にも対応できる医師として正しい医療情報を伝え、必要な時は、より専門的治療を行う医療機関へ紹介することを心がけていきたいと思います。診療所に留まらず、院外でも広く活動できることが私にできる地域医療の一環だと思っています。

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