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医療法人社団懿徳会 田中医院

田中  良樹 院長

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摂津本山駅から徒歩7分の「田中医院」。1961年に現院長である田中良樹先生の父が開業した「田中小児科」を1989年に田中院長が継承した。小さな子どもから高齢者まで幅広い年代の診療を行う同院だが、田中院長の父の時代から地域とともに歩み続けている同院には長く通う患者も多いため、認知症へのサポートを精力的に行い、今後は、患者の人生の最終段階における医療やケアについて前もって考える「Advance Care Planning」に力を入れていきたいと話す田中院長。医師の家系に生まれ、自然に医師になったという田中院長は、父と同じく地域のために尽力。常に「地域でのより良い医療」に心血を注ぐ田中院長に、医院のことや力を入れている診療、趣味の写真のことなどたっぷり語ってもらった。
(取材日2019年7月18日)

父の時代から60年、地域とともに歩み続ける医院

―1989年にお父さまから医院を引き継ぐまでのご経歴をお聞かせください。

1978年に関西医科大学を卒業後、大学院に進みました。そのまま病院の中で、CCUという循環器の集中治療室で長く臨床研究をしていました。その後、父が1961年に開業した「田中小児科」を引き継ぐかたちで「田中医院」を開業しました。父が96歳で亡くなる一昨年まで、父は小児科、私は内科として一緒に診療していました。

―お父さまの働く姿を見て、子どもの頃から医師になろうと思われていたのですか?

父が診療する医院が自宅の住居でしたから、子どもの頃から父が仕事をしている姿を見て育ちました。うちの家系は病院・診療所や勤務医も多く、18人いるいとこのうち10人が医師になりました。そうした環境もあり、医療は昔から身近な存在でしたから、ほかの職業に就こうとは思わなかったですね。父が開業してから60年近くがたつのと同時に、ここは私自身が小学生の頃から育った場所でもあります。子どもの頃から通ってくださる患者さんも多いですし、なじみのあるこの場所で地域に根ざした医療を提供することを診療理念としています。

―循環器内科を専門にされたのはなぜですか?

医学はどんどん進んでいます。30年もの差があると、治療方針はまったく違ってきます。親子で同じ科を引き継いで診療している医院もありますが、大先生と若先生のやり方が違うといった話をよく耳にします。治療に対するお互いの考え方を擦り合わせて、一緒に診療していくのは、なかなか難しいという話も聞いていましたので、父と同じ小児科は避けて、内科の中でも最も興味があった循環器系に進みました。父と2人体制で診療していた時も、お互い自分の専門分野を生かしながら、うまくやっていました。



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