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守上 祐樹 先生の独自取材記事

守上クリニック

(大阪市旭区/森小路駅)

最終更新日:2019/08/28

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1987年に、現院長の守上賢策先生が開院した「守上クリニック」。当時、このエリアで医療を受けることに苦労していた地域住民からの要望を受けて、開院したのだそう。賢策院長が現役でいる傍らで、兵庫医科大学の大学病院に勤めていた次男の守上祐樹先生が、2018年4月から常勤医として勤務を開始。現在、親子二人で地域の人々の健康を守っている。そんな同院の特徴は、診療科目に内科を掲げながらも、どんな疾患にもまずは対応できるようにすることと、在宅医療に力を入れていることの2点。京都で開業している長男の手も借りながら、多くの患者を在宅で診療しているのだそう。現役のラガーマンでもある祐樹先生が父の院に帰ってきた理由、いずれ自分が継ぐことになるクリニックの将来展望などを語ってくれた。
(取材日2018年9月6日)

1987年に父が開院した、地域に根差したクリニック

こちらの院の歴史を教えてください。

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開院したのは、1987年です。当時はこの辺りに、内科が少なかったそうなんです。地域から内科を診てくれる医者に来てほしいという声が上がって、内科が募集されていたんです。それで、それまでいくつかの病院で勤務医を経ていた僕の父が、40代はじめの頃にここで開業しました。もともとは父が個人開業医として、地域の患者さんを診るために始めたクリニックです。父はお金のことなんてまったく考えず、「半径300m以内の患者は、何があっても診る。何があっても俺が守る」と口癖のように、今でも言っているんです。院長は国が求める地域医療を担う医師を、地で行っているような医者だと思います。

先生がこちらに勤めるようになったのは、どのような経緯からですか。

今年の春までは母校の兵庫医科大学の腎臓内科で勤めていましたが、4月からここの常勤医になりました。父がこのクリニックを開いたのは僕が2歳の頃で、ずっと父の働きぶりを見ながら成長してきた。そういうこともあって、自分の思い描く医師像は父なんです。大学の医学部に行っている頃から、自分は町医者になって、患者さんと世間話をしながら診察するんだろうなと思っていましたし、自分もそれを求めていました。大学病院では主に腎臓、高血圧、貧血などを専門にしていました。その生活もとても充実していましたが、やっぱり、僕は町医者がやりたかった。患者さんと話をしながら診療していくのが好きなので、帰ってきたい思いが強くあったんです。将来的には、ここで父の後を継ぐつもりでいます。

大学病院と町のクリニックで、ギャップを感じるようなことはありましたか?

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やっていることは、そんなに変わらないですよ。もちろん、大学では先端の機器や医療が充実していますが、すべての患者さんにそれが適するわけではない。今は、町医者としてまた違った角度から医療が提供できるのはないかと思っています。あえてギャップというなら、大学病院の先生と父の、医者としての姿の違いですかね。大学病院で働いていた経験から見ると、父は全然医者っぽくないんです。世間話をしながら患者さんを診たりしていますし。大学病院では、そんなことをしている人はいませんでした。戻ってきて改めて、父は医者っぽくないなと思うんですが、僕が小さい頃から思い描いていた医師の姿は、これなんです。

在宅医療に注力。通えなくなったら、こちらから赴く

こちらのクリニックでは、どのようなことに力を入れていますか?

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在宅医療ですね。始めて10年くらいになります。先ほどもお話ししましたように、父は300m圏内なら何でも診るというスタイル。内科に関わらず外傷の患者さんが来られても診ますし、皮膚科や眼科に相当する疾患も何でも診ています。もともとそういう診療スタンスなので、在宅医療にはスムーズにフィットしましたね。最初は父がかばん一つを持って、クリニックを飛び出したことが始まりでした。やがて地域の高齢化が進んで、ここに通えない人が増えてきてとニーズが高まりましたので、自然な流れで現在に至っています。父と僕の他に、京都で開業している兄も手伝いに来てくれています。在宅医療で診ている患者さんは多くいらっしゃいます。

なぜ、在宅医療に力を注がれるのですか?

必要だと感じるからですね。年を取られて腰が曲がったり、足元がおぼつかない患者さんには、外来に来ていただくのが心配になることもあるんですよ。父が地域の人たちに愛されていることもあるのでしょうが、がんになってもここに来たいと言ってくれる患者さんがいることは、医師としてとてもうれしいことです。例えば規模の大きな手術など、大きな病院にやってもらわないといけないこともありますが、僕らは自分たちのできることを全力でやる。その1つが、在宅医療。多くの医師は患者さんのことが好きで、患者さんを最期までお世話をしたいと思っていると思うんです。僕らも、そう。自分たちで最期まで診てあげたい。その一心だけですね。ここに通えなくなったら、こちらから伺いますよと。そういう気持ちでいます。

在宅医療に向かう際には、どんなことに気をつけていますか?

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患者さんの普段の生活を見て、気づくことも多くあるんですよ。お宅にお邪魔すると趣味のものが飾ってあったり、お孫さんの写真が飾ってあったり。その患者さんが生活の中で大事にしているものが、結構わかるんです。口では「私、いつ死んでもいいわ」と言っても、この人の生きがいはこれなんだなというものが見えてくる。治療をしていて、本当はこの薬を飲まないといけないというケースがあります。だけどその薬は効果があるけど副作用が強く出て、その患者さんの生活に支障が出る場合は、あえてやめておく。患者さんの普段の生活がわかると、そういう判断をする助けにもなるんです。それは診療室の中だけで診ていては、わからないことですね。

在宅医療でできることの幅を広げていきたい

こちらのクリニックの、診療のスタンスを教えてください。

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人を診ていると思いますね。病気そのものに主眼を置くのではなく、あくまでも中心は人。治療の際に本当に大事なことはおさえますが、病気に主眼を置いて、何もかもがっちり固めてしまうことが最良ではないと思っています。在宅医療をやっているから、余計にそういうところが見えると思うのですが、患者さんのライフスタイルや生活環境を考えた上で、無理をさせない。嫌がっているのに無理して薬を出すとか、点滴をするとかはしません。僕らがするのは、本人が納得して受け入れられる治療。診る疾患の範囲としては、歩いていける範囲に大きな病院がないこともあって、本当に何でも診ていますよ。

お忙しい毎日だと思いますが、どんなことでリフレッシュしていますか?

僕も父もなんですけど、ラグビーをしているんです。父は69歳ですけど、現役のプレーヤーなんですよ。実は僕は去年の秋に、ラグビーリーグという競技で日本代表として出場し、香港代表と試合をしたこともあるんですよ。皆さんがご存知のラグビーは1チーム15人ですが、ラグビーリーグは13人でプレーします。また別に、関西圏の医師ばかりを集めたチームもあって、そこに僕と父も所属しています。去年の冬に、試合で父と同じフィールドに立ったんです。その試合で僕から父にパスが渡って、あれはうれしかったですね。なのに、父から僕に出したパスは僕がボールを落としたんです(笑)。

こちらのクリニックを通じての、将来展望をお聞かせください。

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父の「300m圏内の患者は自分が守る」という意思は継いでいきたい。本当はもっと広い範囲を診たい思いはありますが、一人にできることは限られてしまいます。志を同じくする先生がいたら、一緒に携わってもらって、300mの範囲を広げていきたい思いはあります。そうして、医療からあぶれてしまう人たちを救いたい。それと新しい技術を使って、在宅医療でできることの幅を広げていき、最先端の入院治療と在宅医療の差を縮めていきたいとも考えています。在宅でこれだけできるなら、入院しなくていいと皆さんに思ってもらえるようにしていきたいですね。

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