医療法人 中村耳鼻咽喉科

医療法人 中村耳鼻咽喉科

中村 晴彦院長

68637

「患者さんを自分の親、妻、子ども、孫のように思って診ています」と話すのは「中村耳鼻咽喉科」院長の中村晴彦先生。70台以上収容の大きな駐車場を擁する同院だが、花粉症のシーズンなどには、そこから車があふれるほど混雑することもある人気ぶりだ。風邪やアレルギーといった身近な疾患のイメージが強い耳鼻咽喉科は、QOL(生活の質)や時には生命に大きく関わる重大な疾患が隠れていることもある分野。長年の経験と地域の医療機関とのネットワークにより、適時・適切な診療を提供する。60歳を超えたとは思えないバイタリティーで常に1日100人以上を診察し、患者からの信頼も厚い中村先生。その診療にかける思いとエネルギーの源に迫ってみた。
(取材日2017年11月21日)

巡り合わせが重なって、大府で耳鼻咽喉科医院を開業

―先生はどうして医師になられたのですか?

実は子どもの頃はパイロットになりたかったんです。世界を飛び回る憧れの職業で、中学・高校時代は宮崎の航空大学校に入るつもりで一生懸命勉強していました。ところが、目を悪くしてしまいまして、諦めることに。別の道を模索し、いろいろ考えて医療を志しました。当時は血を見るのが怖く、歯科医師をめざすつもりだったのですが歯学部に合格できなくて(笑)、藤田保健衛生大学の医学部に入りました。それが始まりです。

―耳鼻咽喉科に進んだのはなぜですか?

最初は外科の医師になりたいと思っていたんです。学生時代、ばんたね病院(現・藤田保健衛生大学坂文種報徳會病院)の院長だった吉崎先生という外科の先生に憧れて「その後を付いていこう」と思っていたのですが、実習でいろいろな科を回っているときに耳鼻科から引っ張られました。思いもよらなかった科でした。耳鼻科には、それで人が死ぬような病気はない、というイメージをもっていましたが、入局してすぐ病棟へ行くと、そこにはがんの患者さんがずらりといらっしゃいました。顔または顔周辺のがんというのは、手術切除により目がなくなってしまったり、顎から喉にかけてざっくり切り取られてしまったりとあまりにも壮絶です。そういう方々を目の前にして、身が引き締まる思いでした。こうなってしまう方を一人でも助けたい。そう思いました。

―こちらに開業された経緯を教えてください。

本当は岐阜県可児市で開業したかったんです。初期研修と大学院合わせて6年間大学に勤務した後、蒲郡市民病院と岐阜の東濃厚生病院に勤務していたからです。でも、ご縁あって大府にやってきました。学生時代にこの近くでアルバイトをしていたこともあって土地勘も少しありましたし、何より耳鼻科がほぼなくて地域の患者さんが必要としているからと勧められたことが一番の理由です。大府市内でもこの辺りは古くからお住まいの方が多く、まるで友だちと話すように気さくに話してくださったり、人情味のある雰囲気が漂っているところが好きです。長く通ってくださる患者さんもたくさんいてありがたいですね。



Access
Access
Access
Access
Access
Access
Access
Access
Access
Access
Access
ドクターズ・ファイルをご活用いただく皆様へ
使い分けよう!「総合病院」と「クリニック」
Promotion landing
外出先でもドクターズ・ファイル
Qr doctor

ドクターズ・ファイルの情報をスマートフォン・携帯からチェック!スマートフォン版では、GPS位置情報を利用した最寄りの病院探しができます。

書籍「頼れるドクター」のご案内

ドクターズ・ファイル特別編集ムック「頼れるドクター」を一覧で紹介します。 →全ラインアップを見る

Shinnaka after
Yokohama after
Shonan after
関連コンテンツ
採用情報『ドクターズ・ファイル』では編集部スタッフを募集しております。 詳細