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山内 達司 院長の独自取材記事

山内外科

(名古屋市天白区/植田駅)

最終更新日:2019/08/28

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名古屋市営地下鉄鶴舞線・植田駅より徒歩3分、駅前から飯田街道へ向かう通りに面したマンションの1階にある「医療法人悠山会 山内外科」。先代の頃は手術も営む有床の外科診療所であったが、現在の山内達司院長になってからは、手術は連携病院に任せ、同院では内科、整形外科・リハビリ、皮膚科および小規模の外科処置を受け持つ、地域の人たちの「よろず相談所」としての役割で、多くの人たちに信頼されている。さらに2007年からは、最期まで看られるようにと、訪問診療にも積極的に取り組み、介護施設も併設した。手術の腕を振るう外科医師に憧れて医師となるも、地域医療の道にやりがいを見出した山内院長の歴史と思いについて話を聞いてきた。
(取材日2017年11月6日)

憧れの外科医師になり、町のかかりつけ医に

先生が医師になられたのはやはりお父さまの影響ですか?

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そうですね。父が1964年にここに外科診療所を開設し、その背中を見ながら育ちました。いつかは自分が後を継ぐのかな、と漠然と思いながら医師をめざしました。父が外科医師だったこと、手術をする外科医師がカッコイイなあと憧れていたこともあり、医学部卒業後は名古屋大学の医局に入局し、消化器外科の道へ進みました。

そして、実際に後を継がれたのですね。

はい。1988年に父が亡くなりまして、父が現場に立つことができなくなる半年ほど前から、私がこちらに移ってきました。もともとは有床診療所で、手術も行っていましたが、私が後を継いで間もなく無床診療所に変更して手術をやめました。それまで病院でたくさんの手術を手がけていたので、外科手術というのは、複数の医師やさまざまな専門スタッフが力を結集し「チーム医療」を提供する場だと感じていたからです。名古屋市内のような都市部にはしっかりした病院がたくさんありますので、小さな診療所で患者さんを抱え込むよりも、必要なときに適切な医療機関に患者さんを紹介して振り分けるような「町のかかりつけ医」に専念したほうが良いと考えたのです。

手術に憧れて外科医師となった先生が、手術をやめるときに未練はありませんでしたか?

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すごくありましたよ。父が亡くなったとき私は32歳。病院で5~6年の経験を積んだ頃で、ちょうどいろいろなことができるようになり面白くなってきた時期でした。でも、こちらへ来て最初の1~2年で、診療所での手術はたいへん難しいことに気が付いたんです。ただ、父からもこの医院を守ってほしいと言われていましたし、周りからも継ぐことを勧められていました。いつかは継ぎたいと私も思っていたので、父と一緒に頑張ってきてくれたスタッフもいてくれましたし、スムーズに体制を変えて手術をやめることができたと思います。

私は町医者、ここは町のよろず相談所

地域に密着した医師として、その良さをどう感じますか?

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町医者として始めてみると、患者さんから信頼され、感謝されることを実感できて、とてもやりがいを感じるようになりました。病院の外科医師といえばとにかく手術がメインで、患者さんとじっくりお話するということはほとんどありません。ですが、町医者は患者さんといろいろな話をすることができます。「よろず相談所」として役割を見出すようになり、これはこれで本当にいい仕事だなあとずっと思っています。

現在の診療体制を教えてください。

私が主に外科と整形外科、皮膚科を担当し、副院長は主に内科を担当しています。もちろん2人とも“町医者”として、内科・外科問わず総合的に診ることができます。整形外科はもう一人非常勤の先生がいます。外科に関しては、ちょっとした処置などの小外科が主体で、「これは手術が必要ですよ」「検査が必要ですよ」といった診断となれば、それぞれ適切な病院にご紹介します。胃や腸の内視鏡検査などは以前は当院でもやっていましたが、どんどん新しい機器や、患者さんの負担が少ない新しい方法が出てきているので、そういった最新の医療設備と専門のスタッフをそろえた病院にお任せする方が、患者さんにとっては良いことだと思いました。なので、当院では患者さんの振り分けに徹し、八事日赤(名古屋第二赤十字病院)や名古屋記念病院をはじめ、周辺のほとんどの病院と連携しています。私の使命は「適切な場所へ患者さんを導く」ことにあると思っています。

メディカルエステという面白い分野も手がけられていますね。

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これはもともとは私の妻が「女性は皮膚の悩みを抱えている人がたくさんいる。一般のエステでは解決できないことも多い」と興味を持ったのが始まりです。積極的に営業していたり、大々的に宣伝しているわけではありませんが、クチコミで聞いて依頼される患者さんがときどきいらっしゃいます。あるいは皮膚科を受診される患者さんから悩みを伺って「こんな方法もありますよ」とお話しすることもあります。あざの治療など形成外科的な処置が多いですね。

最期まで看取れる体制で地域医療に安心感を

訪問診療にも積極的に取り組んでいらっしゃいますね。

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はい。地域の方々をずっと診てきて、頼りにしていただいて「何があっても最期の看取りまでしてあげたい」と思うようになりました。不治の病だからと、残念ながら病院を出ざるを得ない人や、通院も入院もできない人がいます。そんな患者さんのところにはこちらから出向いていくことにしたのです。夜中に呼ばれてもすぐに緊急往診できるよう、私と副院長で24時間対応しています。現在は自法人の施設が中心で、一般の居宅も合わせて200人くらいの在宅患者さんを診ています。訪問の際は、現地の訪問看護師、薬剤師、ケアマネジャーらと連携しながら診療します。実は私は警察協力医も務めており、検死・検案を行うこともあるのですが、かかりつけ医として存命中から関わることができていたら、亡くなって警察を呼ぶような事態にはならなかったのに、と思うことがあります。通院できずに困っているお年寄りがいたらぜひご相談いただきたいですね。

介護施設も経営されていらっしゃいますね。

訪問診療と同様に、患者さんを最期まで看たいという思いから始めました。お年寄りの介護で困っているご家庭がたくさんあります。寝たきりの人がいたら、家族が自分の生活の大部分を介護に費やすことになります。訪問診療をしていると、認知症の親御さんの介護で娘さんや息子さんが困っているというご家庭をいくつも見てきました。老々介護の世帯もたくさんありますよね。そんな状況を少しでも変えたいと思って介護施設もつくることにしたのです。専門知識があるスタッフのいる施設におじいさんやおばあさんを看てもらって、ご家族も自分の生活を大事にできるようになるべきだと、考えています。

こちらでは認知症の方を対象としたグループホーム設置に力を入れているようですね。

認知症の症状で困っているご家庭がとても多いと感じているからです。今まで接した中で、認知症のおじいさんを抱えているが故に崩壊してしまった家族がいました。そのときおじいさんをグループホームに入所させられるよう紹介しようと思ったのですが、どこもいっぱいでした。グループホームがなければ、認知症の症状がひどい患者さんは老人ホームなどで受け入れられず、精神病院へ送られてしまうことが、多かったんです。だったら自分たちでグループホームをつくろう、と考えました。ちょうど隣に駐車場に使っていた土地がありましたし。グループホームは小規模で、入所者さん皆を家族として扱うので、孤独もありません。一人住まいなのに動けなくなって火事を起こしかけたような方や、ご家庭で介護なしでは過ごせなくなった方なども受け入れています。

今後の抱負についてお聞かせください。

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これからも地域の皆さんのよろず相談所としてやっていきたいですね。先代が開設してから50年余り。0歳から100歳まで、家族3代、4代と続けて来てくださる患者さんもいます。私の後継ぎについては、長男も外科医師として現在病院に勤務しており、将来は継いでくれるのではないかな、と期待しています。私と同様、諦めなければならないキャリアもあるかもしれませんが、この「山内外科」という家業を、地域の患者さんのためにも続けていってほしいと思っています。

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