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関谷 紫 院長の独自取材記事

関谷平針メンタルクリニック

(名古屋市天白区/平針駅)

最終更新日:2021/10/12

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ラベンダー色の椅子が並んだ待合室に、広く窓が大きい診察室。「関谷平針メンタルクリニック」は、平針駅すぐのビル3階にあり、アクセスも良く、静かで落ち着くクリニックだ。患者から贈られたという小物や手作りの品もさりげなく飾られている。関谷紫院長は、普通の暮らしをしている人々のつらい病気を支えたいという思いで開業した。当時は敬遠されがちだった精神科も、今では人々の心のよりどころであり、先生の優しい言葉や親身な診療に救われた患者も多いだろう。「病気は私に預けて、患者さん自身には幸せな人生を送ってほしい」と関谷院長。亡くなった祖母や恩師から引き継いだ思い、診療に対する信念など語ってもらった。

(取材日2018年8月10日)

教師になる夢から医師へと転換

先生が医師をめざされたきっかけを教えてください。

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私の父は会社員、母は専業主婦でした。ただ母方の祖母が内科、小児科の医師で自宅で開業しており、祖父は薬剤師。夜中も往診に行ったり、時間を問わず患者さんが来られたりという家庭でした。忙しいときは母も手伝っており、そんな生活を見かねてか、かわいがってくれた曽祖母は私に「医師にはなってはいけないよ」と言っていましたね(笑)。高校時代、先生に教師になることを勧められ私もそのように思っていましたが、藤田保健衛生大学で薬理学をしていた伯父の強い勧めで、同大の医学部だけは受験し、合格しました。曽祖母は私が中学生の時に逝去しており、そして祖母は私が大学生の時に、夕方の診療を終えてソファーに腰を下ろし、そのまま亡くなりました。

精神科を専門に選ばれた理由は?

学生時代の病院実習で精神科を回ったとき、人生を左右するほどの深刻な病気でたくさんの人が悩み、苦しんでいることを知り衝撃を受けました。当時、精神薬理学の進歩で新しい薬ができたことも興味深く、今後は疾患を解き明かし、治療する時代へ進んでいくという先生方の話に胸がときめきました。教授が、精神科の医師であっても最低限のことは何でもできる医師であるべきとの方針でしたので、複数の病院で内科、外科の研修もしました。学会の地方会で発表したり、胆石や盲腸の手術に携わったりもしましたね。その後、愛媛県の大規模な精神病院では重い疾患の方も担当し、多くの経験を積ませていただきました。

その後、1995年に開業されたのですね。

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勤務医の傍ら、大学院から取り組んでいた、抗うつ薬がラットの脳内に及ぼす影響など精神薬理学の研究を続けており、研究は性に合っていたと思います。振り返れば、岐阜の田舎での小学校時代から夏休みの自由研究には力を入れていました。水草の越冬についてとか淡水魚の生態など、地元の高校の生物部へ質問に行ったこともあります。研究生活も充実していたのですが、医局の環境が変わったことと、当時の精神病院は行きづらいところでしたので身近なメンタルクリニックが必要とされているのではないかと考えたことで、開業を決めました。しかし場所探しでは、内科ならよいが精神科はだめと入居を断られることも……。このビルはオーナーさんが薬局をされていて理解がある方で、薬剤師さんも精神科勤務の経験があるなど、ご縁があり幸いでした。

“医師は患者の心を診ることが大事”との思いを胸に

こちらは、静かな落ち着けるクリニックという印象です。

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私のほかは受付スタッフ1人で検査室もないので、必要なときは患者さんに伝票を持って、横断歩道を渡った先の名古屋記念病院へ行っていただいています。もう亡くなったのですが、私の尊敬する先生が、「スーパーのように『何でもあります』という大型店ではなく、小さくてもこだわりのあるブティックのようなクリニックになりなさい」と言ってくださいました。私自身も、普通に暮らしている方々の家庭に密着した医師のような存在になりたいと思っていましたので、小さくともお話のしやすい場であればと思っています。実は亡くなった祖母が、私が医学部入学を喜んで「紫は、精神科の開業医になるといい」と言っていたことを、後に母から聞きました。母は当時それを快く思わず私に黙っていたのですが、はからずも祖母の言った形になりました。祖母は、医師は患者さんの体だけでなく、心を診ることが大事だと考えていたようです。

患者さんは、どんな方が来られていますか?

開業当初は、メンタルクリニックは人の目が気になるという時代でしたから近隣の方は少なく、鶴舞線の沿線にある豊田市や犬山市、三重県、岐阜県など遠方から患者さんは来てくださっていました。現在は天白区、日進市、東郷町などの方も随分増えましたね。年齢は20~90代で、メインは中高年の方でしょうか。6対4で女性が多く、うつ、不安、不眠などの症状を訴えて来られます。患者さんには、まず一番困っていること、最近の出来事など何でもいいのでお話ししていただきます。初診の方にはたっぷり時間をとりたいので、心ならずも他の方をお待たせしてしまうこともあります。長年お付き合いのある患者さんは、お子さん連れの方に診察の順番を譲ったり、私の体を心配しておやつを買いに出て戻ってくださったりして、皆さんには本当にありがたく思っています。

患者さんにはどのように接しておられるのでしょうか?

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一生懸命診療して、その人のためになることをできる限りする、という姿勢でいます。うつ、不安、不眠の患者さんは、時間はかかるかもしれませんが社会に復帰できる可能性が高く、やりがいがあります。難治性の方は薬の処方の仕方も難しいのですが、薬に関しては私の得意とするところです。しかし最近着目されている発達障害に関してはまだまだ勉強中というところもあり、そうした方や、症状によっては他院をお勧めしたほうが良いと思われる方、転院を希望される方には、今後に役立つと思われることを診療情報提供書にしたため、適した病院へご紹介をしています。

病気は医師に預けて、患者は幸せな人生を

先生の患者さんに対する思いについてお聞かせください。

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患者さん自身が病気を治すところに重点を置いていると、「ちょっと眠れた」「薬が減った」ということで一喜一憂されます。うまく言えないのですが、私としてはそうではなく、その先を見てほしいという気持ちがあります。その人がその人らしく幸せに暮らせるようになってほしい。それが一番の願いです。特に、うつ病の患者さんは、真面目ですごく頑張っていらっしゃいます。それが家族や会社のためでもいいのですが、本当はご自身が幸せになるように頑張っていただければと思うのです。そんなふうに生きられたら、うつ病やストレス疾患はかなり減るのではないでしょうか。私は医師なので、患者さんは、できれば病気は私に預けて、自分が幸せになるように考えてほしい。長年の考え方の癖を変えることは難しいのですが、少しずつ幸せな方向に変えられるように、私もお手伝いさせていただきます。

先生は声がきれいでとても明るく、お話がしやすいですね。

患者さんには、「こんなによくしゃべる精神科の先生は初めて」と言われたこともありますし、かつて外科の先生には「精神科の先生によくある物静かなタイプとは全然違う」と驚かれました(笑)。でもこう見えても、いつも悩んだり迷ったりしながら診察をしているのですよ。最近ホームページを作ったので、今いらしてくださる患者さんに見ていただきたいと思っています。当院は、持つことを気にされる方もいるため診察券がありません。ホームページで電話番号や診療時間が見られますし、当院の特色を出すことで患者さんも来やすくなるのではないかと考えました。診察ではお話をあまりされない方もおられますので、私が読んでよかったと感じた本も紹介し、参考にしていただけたらと思っています。

今後についてどのようにお考えですか?

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最近では患者さんからの紹介で来られる方も増えました。患者さんと町で出会っても私からはあいさつしないようにしているのですが、たまに当院を“卒業”された方から、「先生!元気でやっていますよ」と声をかけていただくことがあり、そんなときはうれしいですね。まだまだ至りませんがこれからも、うつ病圏と不安障害圏の患者さんをきちんと診ていくクリニックでありたいと考えています。難治性のうつ病や不安を持つ方の中には、発達障害や他の精神疾患などが隠れていることもあるため、これらについても一層の研鑽を積むことが私の課題です。当院は本当に小さなクリニックですので、病院との連携、他のクリニックとの連携もしっかりしていきたいと思います。

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