まじま眼科

まじま眼科

杉野 太郎院長

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藤が丘駅から徒歩2分という便利な立地にある「まじま眼科」。院長を務める杉野太郎先生は、落ち着いた穏やかな語り口で患者に安心感を与えてくれる。実家は尾張旭で65年の歴史がある眼科医院。そこで育った杉野院長は「眼科の医師になることは自然な流れでした」と言う。患者の立場を考えた診療を心がけ、近隣の医療施設とも連携を取り、安心して治療を受けられるようにしている。子どもの近視や遠視について相談される機会も多く、周辺の学校では校医として目の健康について検査や指導を行うなど、地域に寄り添った活動も行っている。「当たり前のことを普通に行う、普通の眼科なんですよ」と笑う杉野院長に、治療方針や眼科の医師としての思いなどを聞いた。
(取材日2016年3月9日)

藤が丘で20年、地域に密着した医療を

―この場所で開院されたきっかけをお聞かせください。

私の祖父が1947年に尾張旭市で「馬嶋眼科医院」を開業し、その後、私の母が院長となりました。ですから実家が眼科医院なんです。今では母は引退して、私のいとこが院長、私の妹が副院長を務めています。私は藤田保健衛生大学卒業後、同大学病院で眼科助手として臨床・研究に携わった後、縁あってこの藤が丘の地に開業することになりました。私が来る前には他の先生が開業していたのですがコンタクトレンズ処方が多く、一般眼科を含めた診療としては私が開業してからのほうが長いですね。大学病院時代からずっと通ってくださっている方も含め年配の方も最近は多くいらっしゃいますが、藤が丘は転勤族の方も多く働く世代の方が多いため、小中学生くらいのお子さんも多いですね。患者さんの年齢層は幅広いと思います。

―子どもの頃から眼科の医師になろうと考えていたのですか?

生まれてみたら祖父と母が眼科医、親戚も眼科医が多いという環境でしたからね(笑)。母方は医師が多い家系でした。私個人としては幼い頃から医師になるよう「母に上手に言いくるめられた」と思っているのですが(笑)、こんなことを言ったら怒られるかもしれませんね。けれど、子どもの頃から眼科で診療をしている母を見て育ったこと、あとは親戚にも医師が多かったのでいろいろな話を聞くことができたこと、そういったことが重なって、子どもの頃から「自分は眼科の医師になるんだろうな」と思っていました。私にとって自然な流れだったのかもしれませんね。

―眼科の世界では知る人ぞ知る家系とお聞きしました。

その昔「馬島流眼科」というのがあったそうです。14世紀中頃のまだ目を診ること自体が発達していない時代に、初代の馬島清眼という僧侶がお寺兼眼科医院を開き、白内障やさまざまな眼病の治療を行っていたと聞いています。そのお寺が今も海部郡大治町にある「明眼院(みょうげんいん)」で、眼科発祥の地とされているんですよ。その後も馬島流眼科は代々継承されていき、結果、私の親戚には眼科医が多いというわけです。私は分家の端くれですから、少しは馬島の血が流れているのかもしれませんが、私自身には全く気負いはないですね(笑)。ただ、眼科治療では歴史がありますし、いつの時代も地域に根差した、患者さんの立場に立った治療を行ってきたのだと思います。患者さんに寄り添うことのできる温かい眼科医院でありたいという思いは、もちろん私にもありますよ。

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