医療法人景山会 原田眼科

医療法人景山会 原田眼科

原田 景子院長

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JR大高駅から歩いて5分、県道23号線沿いにある「原田眼科」は白内障、緑内障、加齢黄班変性など高齢者に多くみられる疾病をはじめ、糖尿病網膜症や小児の治療も得意とする。耳鼻咽喉科を開業した義祖父、内科の医師だった義父と続き、3代目。90年にわたり、原田家は医療のみならず、文化・教育・政治面でこの地に貢献してきた。その魂は、嫁いだ原田景子院長にも脈々と引き継がれている。コンクリート打ちっぱなしであか抜けた雰囲気の外観。夫妻のかつての留学先であるフランスの薫りを呼び込もうと、フランス人アーティストがデザインしたという焼き物のオブジェが温かな存在感を放つ院内で、研鑽を積んで来た日々や診療に対する思い、将来の展望について話を聞いた。
(取材日2017年2月1日)

納得がいくまで患者さんとかかわっていく

―眼科の医師をめざされたきっかけから聞かせてください。

父が外科、母と兄が眼科の医師で、東京女子医科大学時代には教授から精神科を勧められたのですが、母の希望もあって眼科の道に進みました。大学卒業後は、名古屋大学の眼科学教室に入局。1980年に、医局で共に働いていた主人の留学に同行して渡仏しました。パリの中心、ノートルダム寺院の向かいにあるパリ大学・オテルデュー病院という歴史ある病院で、主人は網膜ぶどう膜疾患の研究に1年半、没頭。私はキュリー夫人が研究されていた研究所で基礎研究に従事し、その研究を元に帰国後、名古屋大学で医学博士号を取得しました。臨床医とは別世界でしたが、とても真実を示していく実験の毎日が充実したものでした。

―当時のフランスはどんな印象でしたか?

自分のやりたいことを貫く人が多く、自分の考えを全うすることの大切さを学びました。自由と平等の理念のもと物事を合理的に考えるフランス流が好きでしたね。またカトリックの広い慈悲の精神に強い印象を受けました。医学界においても封建的だった日本とは異なり、自由と個性が尊重されていました。帰国後、権威を重んじる日本の風土にある種の息苦しさを感じ……。その後は愛知県厚生連愛北病院の眼科部長として手術も行い、10年ほど研鑽を積んだ後、この地で開業しました。勤務医時代には難しかった、「一人ひとりの患者さんに向き合い、納得いくまでかかわってあげたい」というのが開業時のポリシーでした。

―開業後も手術に携わっていたのですか?

5年ほどは当院でも手術を行っていました。しかし今より患者数が多く、忙しさからストレスでくも膜下出血になってしまったのです。それからは自身で手術をすることはやめ、病気を見極める診療に集中することに。目に現れる症状の中には、脳疾患が原因となるものもあります。そのような眼病以外の疾患も見落とさないよう、これまで以上に注力して取り組むようになりました。手術が必要な患者さんには、例えば中京眼科の市川一夫先生や藤田保健衛生大学の堀口教授をはじめ、信頼のおける医師や病院を紹介しています。市川先生は名大の医局時代から知己があり、白内障屈折矯正手術に確かな医師です。卓越した技術とレンズ選びで術後の裸眼視力が著しく向上し、0.5だった視力が、術後に1.2になった方もいました。患者さんの手術には私も付き添い、術後の経過観察は当院にて責任をもって診させていただいております。

記事更新日:2017/02/21

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