全国のドクター8,982人の想いを取材
クリニック・病院 161,453件の情報を掲載(2020年2月17日現在)

  1. TOP
  2. 千葉県
  3. 千葉市花見川区
  4. 八千代台駅
  5. 真清クリニック
  6. 日比野 久美子 院長

日比野 久美子 院長の独自取材記事

真清クリニック

(千葉市花見川区/八千代台駅)

最終更新日:2019/08/28

58369

京成本線・八千代台駅、勝田台駅、京成大和田駅から車で10分。花見川とその向こうの国道16号線との間に広がる一戸建て団地のほぼ真ん中に立っているのが「真清クリニック」。1992年開業の眼科。日比野久美子院長は一般の眼科診療に加えロービジョン(低視力)のケアを専門とし、他方、漢方や鍼といった東洋医学の活用にも積極的に取り組んできた。千葉県医師会の理事も務め、息抜きに弾くこともあるピアノに年1、2度しか触れられないほどのハードワーカーで、診療に役立つことなら何でもという探求心と持ち前のほがらかな人柄から、ラジオや新聞などメディアへの登場回数も多い。そんな日比野院長に、医師になった動機から診療の心得、ロービジョンの患者を救う視覚補助具のことまで、幅広く語ってもらった。
(取材日2016年4月20日)

高齢の患者が増加、専門のロービジョンケアも

開業に至る経緯についてお聞かせください。

1

私は、慶応義塾大学を卒業し同大学の眼科学教室入局後、北里研究所病院を経て、アメリカ・ニューヨークのコロンビア大学に留学し、主に白内障の生化学の研究をしていました。在米中は研究発表も行い、ニューヨーク医師会からメディカルフェローシップ賞、また、エッソ女性のための研究奨励賞の第1位も受賞し、帰国後も東京理科大学の客員研究員を務めました。そんな中、臨床医に向いている自分に気づき始め、済生会中央病院の眼科に勤務し、外来・手術を数多くこなしましたが、糖尿病眼合併症の怖さを目の当たりにし、自分の住んでいる地域においても一人でも多くの患者さんを失明から救おうと開業を決意しました。横戸台団地ができたのを機に1992年に真清クリニックを開業。真清とは、母方の祖父母の名前からとったものです。父が開業した外科の医院が、ここから車で15分の距離にあり、今は弟が後を継いでおり、MRIもあるので緊密に連携しています。

町の印象についてお聞かせください。

当院の患者さんは、開業当時は他の地域からお引っ越しされてきた比較的お若い方々が多かったと記憶しておりますが、20数年経ち、最近はご高齢の方々の割合が増してきました。お子さんが少なくなってきていると聞くと、少しさみしい気も致しますが、開業当時、幼稚園の制服を着ていた○○ちゃんが、結婚され、お子さんを連れてきたときなどは、とてもうれしい気持ちでいっぱいになります。世代を超えてかかっていただけるのが、かかりつけ医の喜びですね。

受診する患者の傾向について教えてください。

2

お年寄りの割合が多くなってきたので、自然と白内障や、もともと糖尿病を患っていたところへ網膜症を併発して目が見えにくくなったという患者さんも増えてきました。あと、子どもさんの数が少なくなっても、そうした中でも視力が発達する途中の小さいお子さんが、弱視や斜視を心配するお母さんと一緒に来院することもありますね。私はロービジョン─―失明ではない視覚障害を持つ方のケアを専門にしているので、そのような眼科医師のいる医療機関があまり多くない事情もあり、遠方よりご相談にみえる患者さんもいらっしゃいます。

視覚補助具の使用で仕事の継続も可能に

ロービジョンケアとは具体的にどのようなものですか?

3

ロービジョンとはノット・ブラインド、つまり失明はしていないけれども、視力や視野が少しでも残存している状態のことをいいます。たとえ視力が0.01で視野もほんのわずかしか残っていなくても、少しでも見える以上は眼科できちんと評価して、視力を補う措置が必要になってくるわけです。視覚障害者には国が定めた基準による認定というものがあり、3級とか2級とか程度によって補助が行われますが、この中では最も軽い6級にも当てはまらない人でも、仕事がしにくい、家での生活も不便という方がいます。そうした場合も含めたロービジョンの方の目を医学的に検査し、適切な視覚補助具を選んで、使い方のサポートも行うのが私の役目です。

視覚補助具にはどのようなものがありますか?

人生の途中からロービジョンの状態に置かれた人にとっては、仕事や学業を続けられるかが、当面の大きな課題となります。細かいものを見るためにルーペが便利ですが、目の状態に合わせた正しい倍率のものを選ばないと、小さい文字は読み取れても視野が極端に狭くなってしまうといった不都合が出てきます。書類を拡大してモニターに表示する拡大読書器といった補助具等を使いこなせるようになれば、仕事を辞めることなく今までどおりの暮らしを続ける道が開けます。私は1980年代の半ばにアメリカのコロンビア大学医学部に留学した時、付属のロービジョン研究の施設を見学に行って感銘を受け、これは日本でも今後必要になる技術だと感じて帰国後に今の取り組みを始めました。まだ一般に広く知られているとまでは言えないですが、日本ロービジョン学会では評議員も務めています。ロービジョンケアを必要とされる方は、ぜひ、ご相談いただきたいと思います。

東洋医学を治療に応用することもあるそうですね。

4

例えば、眼科で診る疾患の中でも不定愁訴と呼ばれるもの、頭が痛い、目が痛い、目が見えにくい、しかし眼科で診察を受けても何ともないと言われるような症状に、漢方薬が有効な場合があります。デスクワーカーに多い眼精疲労もそうですね。漢方だけでなく、時には鍼を打つこともありますよ。こうした知識を、私はアメリカ留学から帰国後、北里研究所病院に勤務していた時期に学びました。この病院には東洋医学研究所が併設されていて、眼科の患者さんの中にも漢方薬の処方を希望される方が少なくなかったため、そういう要望があるなら何も知らないのは失礼だと思って、その研究所に教えを請うたというわけです。

情報氾濫の今こそかかりつけ医の出番

診察中、患者に説明を行う際はどんなことに注意しますか?

5

さまざまな考えを持った患者さんがみえるので、ご希望をよく聞いた上で、どの治療法がいいのか、あるいは複数の方法を併用するべきかといった道の選択について、科学者の目で適切にアドバイスすることがまず大事だと思います。例えば以前、白内障が進んですっかり見えなくなっているのに漢方薬を出してとおっしゃる患者さんがいましたが、この場合は漢方ではなく手術が適切ですから、手術を嫌うお申し出であっても、丁寧に説明しなければいけません。なお、このような時、西洋医学だけが良くて漢方は駄目だとかその逆とか、偏った意見を患者さんに伝えないように注意しています。なるべく幅広い観点からケースに応じた最善策を示せるように、まだまだ勉強しないといけないですね。

医師になった動機、眼科を選んだ理由を教えてください。

医者の道を歩むことになったのは、結局のところ、外科医だった父の影響ですね。無理強いされたわけではありませんけど、当然のごとくそうなったのですから環境とは恐ろしいものです(笑)。眼科を選んだのも父の存在によるところが大きいと思います。本当は私も外科をやりたい気持ちがありました。けれど、子どもの頃、急を要する患者さんがいると家族旅行の計画も何もかも放り出して仕事に向かう様子や、やけどの患者さんに付きっ切りで1週間徹夜するのも見ていたので、自分にそれほどの体力はないし、とても無理だと諦めました。眼科は外科的治療も内科的治療も1人で行うことができ、目という狭い範囲に特化した専門性の高さも、自分に向いているのではないかと思っています。

最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

6

今は医療に関する情報があふれているので、目の病気や治療法に関しても昔に比べてよくご存知の患者さんが多くなりました。けれど、そんな今だからこそ、ご自身と波長の合う、信頼できるかかりつけ医を持つことがすごく大事だと思います。情報ばかりを追いかけると、どんな医療が自分に必要なのか、かえって分からなくなるものです。まずはかかりつけ医に相談し、その先生が専門外ならば適切な医療機関を紹介してもらいましょう。私もそういう人間同士のお付き合いができる医師でありたいと願っています。

Access