医療生協さいたま生活協同組合 浦和民主診療所

医療生協さいたま生活協同組合 浦和民主診療所

肥田 泰所長

20190507 bana

北浦和の静かな住宅街に位置する「医療生協さいたま生活協同組合 浦和民主診療所」は、地域の病院として1964年に誕生。外来、往診、健康診断を三本の柱として、地域密着の医療を続けている診療所だ。所長・肥田泰先生の「医療や福祉にお金による差別を持ち込んではいけない」という信念にもとづき、場合によって無料で受診できる無料低額診療事業を実践。来院患者だけでなく、地域みんなの健康意識を高めるための情報発信にも積極的に取り組んでいる。肥田所長に地域医療への思いを聞いてきた。
(取材日2016年10月6日/情報更新日2019年4月28日)

地域に根差して50年

―長い歴史のある診療所だと聞きました。

1964年の開業で、最初は北浦和駅東口から5分ぐらいのところにありました。設立経緯としては、当時既に県内にここと同じような医療生協の診療所が8つあり「県の中心である浦和市にも診療所を作ってほしい」という要望を受けて、じゃあということで8つの診療所が力を合わせ、人材を出し合って開いたものです。20年ぐらいたって手狭になったので一度引越し、現在の場所に移ったのは10年前ぐらいですね。診療内容としては外来と往診、健康診断が三本柱で、これは今も変わりません。基本的に午前中が外来で3~4つの診察室で大体1日120~160、170人ぐらいの患者さんが来られます。午後は往診で月約100件、健康診断は年間6000件ぐらいですね。胃カメラ検査やさいたま市のもの忘れ検診、何か異常が見つかった場合の精密検査などで役立つCT検査も行っています。

―先生が医師をめざされたきっかけは何だったのでしょう?

父ですね。広島の病院で働いていた軍医で、原爆が落とされた時は往診に出かけていた郊外で、自身も内部被爆しながら逃げてきた方々を診ていたそうです。「こんな兵器は許してはいけない」と、戦後は核兵器廃絶と被爆者の治療に取り組んでおり、そんな姿を見て育ったためか、自然に「地域の人のために医療を提供する医師になれれば」と考えるようになりました。それで東京大学医学部に進学したのですが、当時は学園紛争真っ只中。私自身学生運動をやっていたこともあり、大学には残りたくなかったので、卒業後は山梨県の病院に約4年間勤めました。その後県内に戻り、内科・外科両方の経験があったことから、後に所沢の埼玉西協同病院の院長を引き受けることになりました。埼玉協同病院でも10年ほど院長をして、定年後は浦和民主診療所を手伝っていました。しかし所長が病院の若手指導のために異動されたので、5年ほど前から私が所長を務めている次第です。

―どんな患者さんが多いのですか?

健診では若い方たちも来られますが、私の外来に来る人は約8割がご高齢の方です。だから病院までの足というのはとても大切ですね。動けないわけじゃないけれど足腰が弱って1人で来るのは大変という場合は車で送迎しますし、来られなくなったら往診しています。



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