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若山 貴久子 院長、若山 久仁子 先生の独自取材記事

若山医院 眼科耳鼻咽喉科

(さいたま市浦和区/浦和駅)

最終更新日:2020/04/01

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JR浦和駅西口から徒歩2分。賑やかな街の一角にある「若山医院 眼科耳鼻咽喉科」は、1914年から100年もの長きにわたり「若山眼科医院」の名で、地域のかかりつけの眼科医院として診療にあたってきた。アーチ状のフォルムとガラスブロックが印象的な建物は、2013年の耳鼻咽喉科の開設を期に内装を全面リニューアルし、今の医院名に。2つの診療科を4代目の姉妹で切り盛りしている。広々と清潔感のある待合室は、女性の先生らしく淡いピンクがポイントカラーとなっており、優しい雰囲気。妹である院長の耳鼻咽喉科を専門とする若山貴久子先生と、姉の眼科を専門とする若山久仁子先生、2人に話を聞いた。(取材日2016年9月27日)

街のかかりつけ医として100年続く医院を姉妹で継承

1914年から100年もの間、眼科として診療、現在4代目と伺っていますが、詳しく教えて頂けますか?

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【久仁子先生】「若山眼科医院」として1914年からずっとこの浦和の地で眼科診療にあたってきました。曾祖父、祖父、父、そして私で4代目になります。この建物は勤務医をしていた父が祖父から約30年前に引き継いだ時に建てたものです。私は大学病院勤務をしていた2009年ごろから週1回当院でも勤務するようになり、2013年春からは本格的にこちらで働き始めました。2013年秋、耳鼻咽喉科の併設にあわせ院内を改装し、今の医院名に変更しました。

貴久子院長からも詳しく教えて頂けますか?

【貴久子院長】眼科の父と姉が眼科をやっていたところに、耳鼻咽喉科の私が加わって、3人で再スタートしました。ちょうど医院として100年という節目でもありましたので、これからさらに地域に貢献していこうと思っておりました。3人で力を合わせてやっていこうと思っていたのですが、実際に私が父と一緒に診療出来たのは約1年とわずかな期間でした。残念なことに昨年院長だった父が急死してしまい、私が院長を引き継ぎました。現在は眼科医の姉と姉妹で力をあわせ、日々の診療にあたっております。

訪れる患者さんの年代に特徴はありますか?

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【久仁子先生】眼科は昔から通ってきて下さるご年配の患者さんが中心で、父や祖父、時には曾祖父のお話をして下さることがあります。私の知らない仕事での父や祖父の姿を教えていただき、当院の歴史の長さを改めて感じています。耳鼻咽喉科ができてからは小さなお子さんも増えてきましたね。地域に大きなマンションができて、お子さん連れに限らず若い世代の方もよくいらっしゃいますし、駅に近いのでご勤務帰りの方も多いです。
【貴久子院長】患者さんの年代は0歳から90代までとても幅広いですし、疾患もさまざまですね。ご家族でいらしたり、3世代で通う方も多くて、「おじいちゃんは眼科、お孫さんは耳鼻咽喉科」というように両方の科を受診される方もいます。ご兄弟で受診の方もお子さんの通院が1ヵ所で済むので助かるという声も聞きます。

とても息の合ったお二人に見受けられますが、昔から?

【久仁子先生】2歳違いですが、もともとタイプが違って、洋服を貸し借りするような姉妹ではなかったですね。(笑)、患者さんからも「ほんとに姉妹なの?」とびっくりされます。妹はこまやかで女性的、とてもよく気が付く人です。
【貴久子院長】それぞれ気が付くところが違っていたり、タイプが違うからうまくいっているのかもしれませんね。姉はさっぱりしていておおらか、少し男勝りなところもあると感じるくらい。「見た目と中身がそれぞれ違うんですね」とスタッフからも言われます(笑)。一緒に仕事を始めてからの方がより近くなった感じもしますね。困ったことがあったらすぐ相談できるのもいいです。

眼科と耳鼻咽喉科の連携で病気がわかることも

久仁子先生から耳鼻咽喉科との連携について詳しく教えてください。

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【久仁子先生】目の奥の痛みで来られた方が、目に異常はなく、「もしかして」と鼻を診てもらうことを勧めたら副鼻腔炎だったことも。他科の医療機関にご紹介するケースもありますが、耳鼻咽喉科との速やかな連携で患者さんにも安心していただけます。めまいで眼科を受診される方がいますが、一般的には耳や脳や内科的疾患が多いとされています。アデノウイルスによる流行性角結膜炎も目の充血や目やに、のどの痛みと発熱など両方の診療科が関係しています。

眼科と耳鼻咽喉科が同じ場所ということで助かっている患者さんも多いのですね。

【貴久子院長】耳鼻咽喉科と眼科で共通する病気というのは多くあります。わかりやすいところでお話しすると花粉症、花粉症は目にはアレルギー性結膜炎、鼻にはアレルギー性鼻炎と両方に症状が出ることが多いです。副鼻腔炎は膿性の鼻水や頬部痛などが代表的症状ですが、悪化すると目に症状が出る「鼻性視神経症」になり、炎症が目を圧迫することで視力低下が起こり、失明の心配もありますから注意が必要ですね。

お二人が医師を志したきっかけを教えてください。

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【久仁子先生】祖父や父の働く姿を小さい頃から見ていたので、やはり医師は身近な職業。眼科を選んだのも自然なことでしたね。ですが、身近で見ていた分、「自分には向いていないんじゃないか」「同じように医師として働いていけるのだろうか」と進路を悩んだ時期も実はありました。実際医学部に入学してからは、もう覚悟を決めていたので悩むことはほとんどなかったですが(笑)、悩んだ時期があったことで「絶対に眼科医になる」という強い意志を持って大学生活を送れた気がしています。

貴久子院長はいかがでしょうか?

【貴久子院長】私は、子どもの頃は体が弱くて、しょっちゅう風邪をひいて熱を出し、小児科や耳鼻咽喉科のお世話になっていました。入院も1度ではなかったそうです。おかげさまで今はだいぶ丈夫になりましたが、病院にお世話になったという経験もあり、小さい頃から医者になりたいと思っていました。体が弱かった私を両親は心配し、「医者は体力勝負だから」と反対もされましたが、実際医師になり、大変なことももちろんたくさんありますが、それ以上に日々やりがいを感じております。

生まれ育った地域に、これからも貢献していきたい

貴久子院長は、なぜ眼科ではなく耳鼻咽喉科の医師になろうと思ったのですか?

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【貴久子院長】それはよく聞かれますね(笑)。私にとっても「医者=眼科」のイメージでしたが、大学5年生の時に実習が始まり、ローテーションでグループごとに全部の科を回ったのですが、たまたま耳鼻咽喉科が最初でとても印象が強かったんです。外来診療がメインですが手術も行いますし、内科的治療と外科的治療が両方でき、耳・鼻・喉から首までと診る場所も幅広い。ある程度、一人の患者さんを診断から治療の最後まで見届けることもできるので、やりがいがありそうだと思いました。子どもの頃から自分も多く通っていましたから、眼科の次に身近だったのかもしれませんね。

オフの日は、それぞれどのように過ごされているのですか?

【久仁子先生】私は子どもが幼児の双子で、普段は近くの公園が多いですが、妹も時々一緒に遊びに行ってくれて助かっています。学生時代はテニス、スノーボード、ラグビー観戦とスポーツを楽しんでいましたが、今は子ども中心ですね。
【貴久子院長】一緒に予定を決めて外出することも多いですね。ゆっくり時間が取れた時は、テーマパークに遊びに行ったり。バレーボール観戦も好きです。家では音楽や読書、花壇の手入れとかお菓子作りも好きですね。アクセサリーを作ったり、こまかい作業が好きですね。

今後の展望についてお聞かせください。

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【久仁子先生】小学校の校医をしているのですが、これからも地域にどんどん関わっていきたいですね。父がいた頃は、そのやり方を基本としていましたが、患者さんを第一に考える。ということは変わらずに、新しい治療など自分らしさも出していけたらいいなと思っています。
【貴久子院長】浦和で生まれ育ったので地域に貢献できるよう、患者さんと丁寧に向き合いながら治療し、安心して帰っていただけるクリニックにしていきたいですね。眼科の姉とさらに連携を深め、先祖代々の教えを守り、浦和のために尽力していきたいです。

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