石戸谷耳鼻咽喉科

石戸谷耳鼻咽喉科

石戸谷淳一 院長

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2014年5月、千歳烏山駅前の商店街にオープンした石戸谷耳鼻咽喉科。1階に調剤薬局が入った医療モールの3階にあり、院内はすべてバリアフリー。広い待合室にはキッズスペースも用意され、誰でも温かく迎え入れる雰囲気だ。石戸谷淳一院長は、長年、大学病院の耳鼻咽喉科で長を務めてきた腕利きの医師。これまで培ってきた豊富な知識と経験をもとに、街のクリニックでどれだけのことができるのかを自身のチャレンジとしている。診療においては、局所麻酔でできる小手術なども行っていく姿勢だ。「当院で最初から最後まで責任を持って治療を行い、患者さんの満足が得られるようにしたい」と話す石戸谷院長。「開業してみると患者さんのたくさんの笑顔に出会え、その笑顔に癒される」と話す優しい表情が印象的だ。海外や大学病院での経験、同院の診療、プライベートなどについてたっぷりと聞いた。
(取材日2014年6月12日)

大学病院でのトップクラスの治療と手術の経験をクリニックの診療に生かす

―開業までの経緯を教えてください。

大学卒業後は、国立国際医療センター(現・独立行政法人国立国際医療研究センター)の耳鼻咽喉科で研修医になりました。医師になって3年目にはタイでカンボジア難民医療に3カ月間携わり、その後は、東京大学医学部の生化学研究室に入って博士号をとったり、アメリカに2年半留学して国立衛生研究所(NIH)で発がんのメカニズムを研究したりしました。帰国してからは、国立国際医療センターで臨床や基礎研究を行い、40歳で、耳鼻咽喉科の医長になりました。若くして責任のある仕事を任せられ耳鼻科医として自信を持ち始めたころ、横浜市立大学からお誘いをいただきました。そうして、同大学附属市民総合医療センターの耳鼻咽喉科の長を務め、助教授を経て教授になりました。副病院長も4年間務めました。しかし、自宅が京王線のつつじヶ丘なので、いつかは東京に戻って地域医療に貢献したいと思っていました。まだ新しいチャレンジができる年齢の今、自宅から近い千歳烏山で開業しました。

―大学病院にいた時は具体的にどのような診療を行っていたのですか?

大学病院の耳鼻咽喉科は頭頸部外科でもありますから、耳・鼻・口腔・顔面・頸部など首から上の様々な疾患の治療や手術を行っていました。副鼻腔炎や中耳炎、難聴、ガンなどいろいろな患者さんを治療していましたね。生まれながらに全く聞こえない小児に人工内耳の手術を行い、普通の小学校に入れるようにする治療も数多くしていました。また、私は好酸球性副鼻腔炎・好酸球性中耳炎という難治性の病気の第一人者として、学会や論文で発表をしたり講演を行ったりしていましたので、私を頼って病院を訪れてくれる患者さんも多く、そうした難治性疾患の治療にも力をいれていました。

―大学病院から離れ、街のクリニックとして開業する思いをお聞かせください。

私は「医療は高度な知識と技術を提供するサービス業」だと考えていますから、患者さんが納得され満足を得られる診療をしたいと思っています。一緒に働いてくれているスタッフにも「患者さんの笑顔が見たいから頑張ろうね」と言っています。「患者さんの笑顔が見たいから」という言葉は、うちのクリニックのキーワードです。大学病院の時は、設備もスタッフも揃った最高の環境で主に高度な手術をすることで患者さんの満足を得てきました。しかし、このクリニックではそのような大きな手術はできません。街のクリニックで患者さんの満足をどう得ていくかが私自身の新たなチャレンジだと思っています。



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