大西 建 院長の独自取材記事
医療法人社団たまこく 多摩国分寺こころのクリニック
(国分寺市/国分寺駅)
最終更新日:2024/03/08
国分寺駅南口から徒歩1分。「多摩国分寺こころのクリニック」の院内は、淡いグリーンやイエローなどの優しい色合いで統一されており、カウンセリングルームの窓から見える殿ヶ谷戸庭園の木々の緑に心が癒やされる。大西建院長は、東京学芸大学の准教授を務める傍ら、学生ら・職員向けのカウンセリングを担当していた時代に思春期青年期の支援の大切さを痛感し、周辺に大学の多い国分寺に2009年開業。一般の心療内科、精神科診療のほか「たまこくデイケア」施設を併設し、学校や職場に復帰する過程を専門スタッフが支援するプログラムも実施。看護師、作業療法士、臨床心理士などの専門スタッフも在籍するクリニックを率いる大西院長に話を聞いた。
(取材日2022年3月15日/情報更新日2024年3月5日)
若者や悩みを抱える人が生き生きと暮らせるサポートを
どのような患者さんが来院されますか?
過半数が10代〜20代の高校生・大学生・大学院生です。また、20代前半の新人社員、30代の中堅社員、40代の中間管理職など、職場環境の中で各年代特有の悩みを抱えた方が多いですね。うつ病や摂食障害などの症状を感じて訪れる方もいれば、学校や会社にうまく適応できなかったり、対人関係で苦しんだりして来院される方もいます。家庭における悩みを抱えた主婦の方が受診されることも多いです。特に学生はメンタルヘルスの問題を抱えやすい年代で、この地域には学芸大学のほかにも、一橋大学、津田塾大学、東京経済大学、東京農工大学など、大学がいくつもありますから、心に悩みを持つ学生が心療内科や精神科を受診する際の選択肢の一つになればと思っています。
診療の際に心がけていることを教えてください。
治療法は症状のみならず患者さんによって異なります。そのため限られた診療時間の中で会話の密度をできるだけ濃くするとともに、本質的な話をいかに引き出すかを心がけています。自分自身が今どのようにつらく、その状態からどのように治りたいか、そして治った後にどんな生活をしたいかまでを患者さんにできるだけ語ってもらいながら、その道筋をどう組み立てていくかを提案します。近年では薬物療法も副作用が少なくなるなど進歩していて、患者さんの「自分がこうなりたい」という目標に向けて努力する際のベースをつくる上で有用な働きをします。しかし、薬物だけでは患者さんが社会性を回復し、学校や会社といった元の生活に戻るところまではなかなかカバーできないこともあります。私は治療を通して一歩前進して社会に戻っていただきたいと思っているのです。
さまざまな方向からサポートをしているそうですね。
開業3年目の2011年に「たまこくデイケア」を開設しました。また、さまざまな専門性と得意分野を持つ心理スタッフ8人に加わってもらい、必要な場合にはカウンセリングを併用していただくことで、外来治療の射程を広げられるようにしました。不安が強くて自由に外出できない人などのために、訪問看護も行っています。さまざまな治療が、重層的にうまくリンクして機能するための橋渡し的役割は、受付スタッフが果たしてくれています。毎月全体ミーティングを行い、1ヵ月の振り返りと、サービスの枠組みや方針の調整を行って、サービス全体のまとまりを保つとともに、常に変化する患者さんのニーズに応じて柔軟に変わっていけるクリニックであるよう努めています。
自立への過程を人との関わりの中で支援
「たまこくデイケア」とは具体的にどのようなものですか?
グループワークを通して、心と体の健康を取り戻すことを目的としたプログラムです。プログラムといっても一人ひとりと十分に面接をして個人の課題を見つけ、そのときのメンバーに合わせて内容は変わります。また、グループワークは人との関わりを取り戻すには有用ですが、同年代の人と悩みを共有することが苦手な方のほうが多いと思いますので、スタッフが間に入って支援します。「たまこくデイケア」は、青年期の方を対象としたプログラムと、日々の生活の充実、就労をめざす「生活充実プログラム」、休職中で仕事への復帰を希望される社会人向けの「リワーク」とがあり、どちらも当クリニックの下のフロアを使って活動します。スタッフは、看護師、作業療法士、臨床心理士などで、「デイケア」で取り入れている「認知行動療法プログラム」を実施するために特別の訓練を受けています。
一人ひとりに合わせた支援のかたちがあるんですね。
「青年期プログラム」では、休学中に利用して復学に備えることもあれば、自分の方向性を見つめ直して、新しい進路に向かう場合もあります。「生活充実プログラム」は、「リワーク」の準備段階として参加されることもありますし、仕事はしたいけれどまだ働くことが不安な方に、ボランティア活動を通して自信をつけていただくこともあります。障害がある方の就労支援を展開している事業所を紹介しての再就職へのサポートも行っています。「リワーク」は、休職に至るまでの綿密な振り返りと自己理解を通して、働く意味を含めた、長期的なキャリアビジョンまで見通した復職をめざします。会社との連携も行います。リワークの利用者の方が、自然に青年期の方の良き相談相手やモデルとなってくださることもよくあります。
大変ですが、やりがいも大きいですね。
最初は悩みの中でにっちもさっちもいかなくなっていた方が、本来こうありたかった自分を取り戻していく過程の変化には、私自身がたくさんのことを教えられます。患者さんの中には一時は前進しても、また深い淵に陥り、しかしそのたびに生還して何年もかけて自分の目標までたどりつく方もいらっしゃいます。いろいろなことがありますが、人が人として強く立ち直る場面に立ち合わせていただける仕事は、他にはなかなかないのではと思っています。
専門的な知識と視点をクリニックの診療に生かす
精神科の医師をめざされたきっかけは?
もともと私は産業医科大学の出身です。この大学は1978年に働く人々の健康を守る研究と医療の実践のため、北九州市に設立された医科大学です。精神科の医師をめざしたのは、中学時代から哲学や人の心に関する本を読んで心理学への興味を持ったことと、父に勧められて読んだシュヴァイツァーの本に感銘を受けたからですが、同氏が哲学者であり、医師でもあったことも大きかったですね。私は転勤族だった父に伴われ、幼少の頃から転校を繰り返していましたが、生まれたのは北九州市でした。そんな縁も感じて選んだ当時まだ新しい大学でしたが、今日、働き過ぎによるうつ病や過労死などさまざまな問題がある中で、母校で学んだことは非常に重要な役割を担うことから、この大学を選んで本当によかったと思っています。
現在力を入れている取り組みはなんでしょうか?
母校で学んだことやこれまでの経験を生かした、患者さんの復職や再就職に向けた支援には、引き続き力を入れています。ご本人が、企業の中でどのような働き方をしたいのか、言い換えると、人生の展望の中で仕事をどう位置づけたいのかというテーマをめぐっての支援のウエイトが、以前より大きくなったように思います。企業側も一人の社員の考えや希望に耳を傾けてくれることが多くなってきたと感じています。そのような対話を促進するために何ができるかを、日々スタッフとともに考えています。
今後の展望をお聞かせください。
開業当初にやりたいと思っていたことは、「デイケア」などを含めてほぼ実現できました。私は院長ですが、ここを「私」のクリニックとは思っていないんですよ。私がどうしたいということではなく、利用者の方がそれぞれニーズを持って来院されます。そのニーズに応えられるよう種々のサービスを拡充していけば、おのずと今後の展望も明らかになっていくのではないでしょうか。現在、週の勤務日数はさまざまですが、約20名のスタッフに来てもらっています。そのスタッフたちがそれぞれ何に関心があり、どういう仕事をしていきたいかということを考え合わせると、これからの方向性が見えてくると思います。私としては、患者さんの気持ちや価値観、人生の意味など、その方にとって大切なものに耳を傾け続けていく診療に、より一層真摯に取り組んでいきたいと思っています。