小松医院

小松医院

小松 眞院長、小松尚子先生

頼れるドクター

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日野バイパスから少し入った閑静な住宅街の中に建つ「小松医院」。入り口の前に大きなモミの木がたたずむ、歴史あるクリニックだ。「もともとこの辺りは明治時代天皇の御領地で、木を育てたり馬を放し飼いにしたりしていた場所だったそうです。当時は競馬場もあったそうですよ」と話すのは院長の小松眞先生。10年前からは三女の小松尚子先生と一緒に、患者の治療に携わっている。「私はもう88歳ですから」と小松院長は笑って話すが、午後の往診は今でも現役で担当しているそうだ。「昔ながらの患者さんもいらっしゃるので、ご高齢の方は父が診察して声を掛けたほうが元気でいられるようです」と話す尚子先生。医師会を通して開業当時から地域医療に取り組んできた小松院長ともに、プライマリケアや地域医療のあり方を詳しく伺った。
(取材日2014年11月25日)

生化学で培った考え方をもとに、地域医療のシステム化に早くから取り組んだ

―クリニックの歴史について教えてください。

【院長】1959年9月に、ここから少し離れた多摩平6丁目で開業しました。私は徳島医科大学(現・徳島大学)を卒業後、ずっと生化学の研究に従事していて臨床経験を積んでいなかったので、開業当初は午後5時〜10時までの夜間診療のみ行い、昼間は新宿にある、国立東京第一病院(現・国立国際医療センター)の内科に勤務していました。その後1966年に現在の場所に移転し、一般のクリニックと同じように診療を始めました。
【尚子先生】私は2003年から診療を行っています。父は今も午前中1〜2時間診療を行い、依頼があれば午後は往診に出掛けています。

―難病や障害がある方への在宅医療も行っているそうですね。

【尚子先生】1975年頃、日野市では障害がある方や難病の子どもたちを診察する医療機関がまだ少なく、父が積極的に診察を始めたのがきっかけで、難病集団検診や障害がある方の総合検診、在宅医療が日本で生まれたそうです。
【院長】以前から往診という形はありましたが、難病や障害がある方は往診の対象となっていませんでした。医療施設へ行くこと自体が大変なのに、往診もしてくれないと、困っている人たちがたくさんいたわけです。私は日野市医師会の仕事も行っていたので、何とか助けたいと思い、社会的な目的を持った事業として取り組みました。それが現在の在宅難病患者訪問診療事業の礎となっています。

―さまざまな医療のきっかけづくりをされてきたのですね。

【院長】在宅医療という言葉より以前に、1965年頃から地域医療という考え方がすでに世に出ていました。日野市で地域医療を展開するためにはどうしたらよいかを考え生まれたのが、全国に先駆けてスタートさせた、医師の当番制による休日夜間診療です。
【尚子先生】他にも消防署と一緒に救急テレフォンセンターを全国で初めてつくり、現在の救急医療情報センターの基礎を築いたのも日野市医師会です。
【院長】東京都医師会の理事の時には、救急救命士による気管内挿管の実施実現のため1985年頃に尽力しましたし、保健医療計画における、一次医療(診療所)、二次医療(地域の医療病院)、三次医療(高度医療センター)といった医療圏をつくることも行って来ました。
【尚子先生】夜間診療所からスタートしていますが、地域のニーズに合わせた地域医療計画が必要だと、早くから父は気付いていたようです。



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