高橋 日出雄 院長の独自取材記事
高橋クリニック
(足立区/大師前駅)
最終更新日:2026/01/15
地域住民だけでなく近隣に住む外国人患者も多く訪れる「高橋クリニック」。開業約40年となる同院は、西新井大師で有名な足立区西新井の住宅街に位置する。院長の高橋日出雄先生は群馬大学を卒業後、東京慈恵会医科大学附属病院で大腸外科を専門に学ぶ。アメリカでの研究も行い帰国した後、1987年に同院を開業した。地域医療に根差しているため、診療は内科、外科を問わず診療。週に1度、松戸の分院から弟の高橋薫医師が循環器の診察を、月に1度次男の高橋昭則医師が糖尿病の診察を行っている。目の前の患者の治療に邁進する高橋先生に、興味深い来歴を語ってもらった。
(取材日2025年12月17日)
国籍の区別なく医療を提供し続け約40年
地域医療に貢献し、もうすぐ40年を迎えられます。

当院は1987年の開業以来、地元の方だけでなく、日本在住のアフリカや東南アジアをはじめとする91ヵ国の方々、外国人旅行者にもお越しいただいています。当院は地域医療のクリニックなので診療は内科、外科とも受つけており、発熱の外来にも対応しています。足立区や会社などの健康診断や、インフルエンザ、帯状疱疹、肺炎球菌の予防接種も行っています。さらに高血圧症、糖尿病、高脂血症など生活習慣病の患者さんには検査や生活習慣の指導などを丁寧に行っています。定期通院の患者さんで症状が安定している場合には、28日以上の長期処方薬も交付可能です。通院患者さんの介護保険については、地域のケアマネジャーと相談し、適切な対応を行っています。毎週金曜は循環器が専門で松戸の分院に勤める弟の高橋薫先生が循環器内科を診療、月に1度の土曜日には、次男で糖尿病が専門の高橋昭則先生が糖尿病内科を診療しています。
患者さんの主訴と、力を入れている診療を教えてください。
開業して40年近くになるため日本人の患者さんはご高齢者が多く、主な疾患は高血圧症、高コレステロール血症、糖尿病などの生活習慣病です。主な治療は食事療法や運動療法、薬物療法です。外国人の患者さんは肉体労働者が多いため若い方が多く、仕事柄肩や腰などの肉体的な痛みの訴えが多いですね。こちらは痛み止めや湿布薬の処方、電気治療などの理学療法を行います。一方で日本在住が長い方は、日本人の患者さん同様生活習慣病を患うケースが多い印象です。当院は内視鏡検査も得意としていて、診察で症状に疑問が出た場合は胃や大腸の内視鏡検査を行っています。これにより胃潰瘍や慢性胃炎、大腸のポリープやがん発見につながります。胃の内視鏡検査は苦しいというイメージがありますが、今の胃の内視鏡検査で使うカメラは経口9mmですし、咽頭麻酔を行うことも可能です。経鼻で使用するカメラよりもよく見えるという利点もあります。
糖尿病内科と循環器内科について教えてください。

普段は国立病院に勤務している次男の昭則先生が、月に1度当院で糖尿病内科を担当しています。血糖のコントロールが難しい方やインスリンを使用している方を積極的に診てもらっています。国立病院の糖尿病患者は重症者が多い一方、クリニックに来る糖尿病の患者さんは通院はできるものの、痛風の原因となる高尿酸血症など他の疾患を持っている場合が多いのも特徴です。また境界型糖尿病といって、生活習慣の見直しのみで回復が見込める患者さんもいます。昭則先生も国立病院とは異なる患者さんを診ることができ、勉強になるそうです。循環器内科は、循環器が専門で松戸の分院に勤める弟の薫先生が、週に1度こちらに来て循環器の診療をしています。一方、私も週に1度松戸の分院に行き、そこで主に内視鏡検査にあたっています。
診療科にこだわらず、目の前の患者の治療に専念
多くの外国人患者さんが来院されています。何かきっかけがあったのでしょうか?

開業から10年目に、ある方から「近所に住むガーナ人女性が苦しそうなので、診てほしい」という連絡を受けたことがありました。その半年後に彼女から赤ちゃんを抱いた写真はがきのお礼状が届き、その後周辺に住むアフリカの方たちが来院するようになりました。現在1日当たりの比率は、外国人患者が2~3割程度でしょうか。外国人の方は心身の痛みを抱えているケースが多いですね。今は都内だけでなく、埼玉、栃木、茨城など北関東から来られる方が増えたほか、旅行者もよく来ます。当院は日曜も診療しているので来やすいのだと思います。外国人患者さんたちは自宅が遠いこともありなかなか病院に行けず、内科・外科に関わらずたくさんの疾患を抱えて来院する人が多いですね。
診療方針や信条はどのようなものですか?
来てくれた患者さんはすべて受け入れることですね。そのため専門の消化器にこだわらず何でも診てきました。最近は小外科といって縫合や膿の切開などの訴えが増え、やりがいを感じています。また外国人の患者さんが外科的な処置を求めて来ることもありますね。もう1つ大切にしていることは、患者さんに丁寧な説明を行うことです。薬の処方や治療法など患者さんに説明することはいろいろとありますが、そのどれについても患者さんやそのご家族に納得していただけるまで、時間をかけて丁寧に説明するように心がけています。
アメリカでの研究を経験され、帰国後も語学を学ばれたそうですね。

医学部を卒業後、アメリカで研究を行うため独学で勉強をしました。そして、自分で総合病院に応募して、シカゴにあるロヨラ大学付属セント・フランシス病院で勤めました。6年にわたる医科大学院外科教室での学びを終えた後、病理学教室で博士課程を修了しました。それでも英語の習得は不十分だったため、帰国後も暇をみつけては英語の勉強を続けました。その後当院はアフリカやアジアの患者さんが増えたため、医学英語を使って診療を行えるので学び続けて良かったです。15年ほど前には若い学生に交じって医学英語やドイツ語も学びましたよ。
鑑となる医師の姿を思い困っている人に手を差し伸べる
印象に残るエピソードはありますか?

まずはザイール出身の男性患者さんですね。彼が東京電機大学の学生だった20代から60代で亡くなるまで、長いお付き合いとなりました。彼は肝臓を患って来るようになったのですが、社交的な性格で、多くの患者さんを当院に連れて来てくれました。また、彼を介して当院で使用しなくなった機器をアフリカに送ったこともありました。また、1975年に一緒に働いたメキシコ出身の外科医師から、数年前突然メールが届いたのです。彼が私をずっと覚えてくれていたのはうれしかったですね。数十年ぶりのやりとりでしたが、彼の息子は大腸を専門に、私の息子は内科を専門にと、それぞれ子どもが医者になったという共通点もありました。
先生が医師を志し、開業された理由をお聞かせください。
母の家系に医療従事者が多く、その影響は受けています。学生時代は伯父の外科病院に通い、カルテの整理や手術の雑用に勤しみました。母の伯父に黒須巳之吉といって、東京帝国大学を卒業後六本木に耳鼻咽喉科医院を開業し、1972年に亡くなるまで多くの患者の治療を手がけた医師がいます。その黒須先生が私の医師としてのルーツであり、鑑のような存在です。太い根を持つ木の幹が黒須先生で、その枝葉に私や弟や次男がいるのだと強く感じています。一方で開業を決めた理由は、大学で研究を続けるうちに患者さんの診療に直接関わりたいという思いが強くなったからです。アメリカから帰国後、1987年に弟とともに当院を開業しました。その後弟は松戸の分院に移り、現在の体制が続いています。
今後の展望と、読者へのメッセージをお願いします。

人種や性別を問わず、困っている人に適切な医療を提供する姿勢を貫き続けたいです。あとどのくらい続けられるかはわかりませんが、頑張れる限り地域や外国の方のために診療を続けたいですね。医者の仕事をしていると、私も心身の状態がいいのです(笑)。当院は慢性疾患を主に診るクリニックですが、急性疾患も診療しています。がんなどもそうですが、病気はすべて早期発見・早期治療が重要です。何か気になる症状を感じたら、我慢せずにいらしてほしいですね。いつでもお待ちしています。

