全国のドクター8,884人の想いを取材
クリニック・病院 161,496件の情報を掲載(2020年1月19日現在)

  1. TOP
  2. 東京都
  3. 葛飾区
  4. 堀切菖蒲園駅
  5. 医療法人社団博雅会 大江医院
  6. 大江 毅 院長

大江 毅 院長の独自取材記事

大江医院

(葛飾区/堀切菖蒲園駅)

最終更新日:2019/08/28

33578 df 1 main 1422608028

1957年開業の「大江医院」は長きにわたって地域に寄り添ってきた医院だ。消化器系を専門としている院長の大江毅(たかし)先生は多くの病院勤務の経験から、あらゆる病気の早期発見を掲げ、どんなサインも見逃さない精度の高い診断をめざす。同時に、「一人では医療は完結しない」との信念から、万全で安心のネットワーク構築にも取り組み、患者に適した医療の提供に力を尽くす。今回は、大江院長が医師をめざしたきっかけや診療方針、地震など災害時の緊急医療に際して伝えたいことなどをたっぷり語ってもらった。
(取材日2019年3月14日)

命の前に優先されるものはない

先生の父も内科の医師だったことが、進路に影響していると伺いました。

1

父は1957年にこの「大江医院」を開業しました。父はたいへん忙しく、診療のために家族旅行の途中でも帰ってしまったり、また夜中に患者さんのもとへ駆けつけたりと休みも取れない状態でした。それでも父は嫌そうな素振りはまったく見せずに診療にあたっていました。ただ、幼い頃の私にとってはなぜそこまでして仕事をするのかがわからなかったんですね。しかし、自分の進路を選ぶにあたり父の仕事について改めて考えてみたところ、医師は生まれてから亡くなるまですべての人を手助けすることができる、実はすごい職業なのではと思い直しました。それに気づいた瞬間、父への尊敬の念が初めて湧き上がったと同時に、医師への憧れが急激に高まりました。父も仕事に大きなやりがいを感じていたはずです。

その後の経歴についてお聞かせください。

1973年に獨協医科大学の第一期生として入学しました。現在私の専門である消化器内科に進んだきっかけは5年生から始まった実習で各科すべてを回った時。消化器内科の先生方が厳しい中にも人間的にも素晴らしい人たちばかりだったので、この環境の中で勉強したいと思ったのです。卒業後はさまざまな総合病院で診療経験を積んできました。ただその時代、非常にショッキングなことがありました。紹介された患者さんの中に、がんをはじめすでに症状が進んでしまっている方が多かったのです。私は紹介元の先生に対し「なぜそこまで抱えてしまったのか?なぜもっと早く紹介してくれなかったのか?」という残念な思いでいっぱいでした。命の前に優先されるものはありません。その後悔の念が、ここに勤務した後のモットーにつながっています。

モットーとはどのようなことですか?

2

「医療は一人では完結しない」ということです。難しい症例だったり、少しでも気になる点があったりすれば、各分野のスペシャリストがいる医院や病院に迷わず紹介します。そこを経由してでも、患者さんに適した医療を提供するよう努めています。紹介状は月平均15〜16通、多いときで30通書いたこともありました。紹介状では「私は、患者をここまで診療し、こういうことを考えました。あなたはどう思いますか?」と挑むように疑問をぶつけるようにしています。もちろん、患者さんを一生懸命診てほしいという熱意を伝えるためでもありますし、お互いどういう姿勢や考えを持っているか知るためでもあります。さらに、私は書面のやり取りだけではなく紹介先の先生と電話で話したり時には直接会ったりして信頼関係を築くよう努力しています。

「いつもと何かが違う」、子どもを見る親の感覚は大事

提携先に紹介する前の診察は重要ですよね。

3

もちろんです。例えば、患者さんが風邪の症状で来てもそれだけを診ればいいというわけではありません。もちろん患者さんの訴えに耳を傾けることは重要です。でも、われわれの使命は、風邪の症状から重大な病気が潜んでいないかを見つけるのが仕事だと思っています。ただ患者さんによっては「薬だけもらえればいい」と言う方もいます。その時はもちろん無理強いはしませんが、初診の方であれば病歴の確認や全身の診察をします。また私は、スタッフに向けて毎日朝礼をしているのですが、毎回言っているのが、「患者さんを注意深く観察しなさい」ということ。普段より元気がないな、おかしいなと思ったらすぐ私に報告するよう伝えています。われわれが扱っているのはかけがえのない命。他院との密な連携はもちろんですが、医院全体でその人を診ています。

設備や診療体制でのこだわりについて教えてください。

患者さんが少しでも検査を受けやすくするために、大腸内視鏡検査用の炭酸ガス送気装置と、胃や食道を診るための経鼻内視鏡を新しく導入したことです。今まで大腸内視鏡の検査時は、室内の空気を使って大腸を膨らましながら検査を行っていましたが、代わりに炭酸ガスを使い始めました。室内の空気よりも炭酸ガスのほうが患者さんの体内から早く抜けていくので、検査後の不快感を軽減できると思います。また、経鼻内視鏡を取り入れたことで、「口からは入れたくない」という患者さんでもあまり抵抗なく検査を受けていただけるようになりました。診療体制として、検査時間枠を設け予約制にしています。今までは検査も診療も同一時間内に行っていたのですが、患者さんをお待たせしてしまいますし、あまり落ち着いた環境とは言えなかったんです。検査時間枠をつくったことで、検査も診療もより丁寧に行えるようになりましたね。

子どもの患者も多いと伺いました。保護者に向けて日頃伝えていることは何でしょうか。

4

お子さんは症状が目まぐるしく変わります。例えば熱がいきなり上がったり、また、元気だと思っていたら急にぐったりしたり。大人であれば少し調子が悪いからセーブしようと考えますが、お子さんは動ければとにかく遊びたがりますからね。ただ、そんなお子さんの変調に敏感になりすぎないようにということを伝えています。発熱も、状況によってはすぐには医院に来なくて大丈夫なこともあります。もちろん本当に大丈夫なのか、それとも重い症状なのか見極めは必要です。ただ、われわれ医師以上に保護者の感覚は重要です。「何が違うかわからないけど、いつもと何かが違う」という時、何か病気が隠れている可能性があります。そういう時は、具体的に言葉にできなくてもいいのでお子さんを連れて来てくださいと言っています。

災害時、軽症者は病院に行ってほしくない理由

先生は、地域医療にも積極的に取り組んでいるとか。

5

阪神・淡路大震災で医療活動にあたった葛飾区内の医師とともに、「災害対策委員会」を1999年に立ち上げました。葛飾区は道路も狭く、大地震時に液状化の可能性があるといわれており木造住宅も多い。そんな街に、もし大地震などが起きた時の医療はどうあるべきかを行政とともに考えてきました。そこで生まれたのが、災害時に比較的軽症な方を治療する「災害時医療救護所」です。災害時は病院も被災します。病院側としては入院患者を避難させるだけでも手いっぱい。ですからあえて厳しく言うと、災害時、軽症の場合は、病院には行ってもらいたくないのです。病院では病院でしか対応できない中等症や重症者を対応してもらい、軽症者は私たちが医療救護所で診療します。そのことが一人でも多くの命を救うことにつながると考えています。

ところで、先生の趣味やリフレッシュ方法は何でしょうか?

写真ですね。医院の壁に、さまざまな家の窓を写した写真を飾っているのですが、これらはすべて私が撮ったものです。海外に家族旅行に行った際、気になった家の窓を撮影したのです。被写体は、近所の桜や都内を散策したときの何気ない景色が多いですね。そういったものを撮り、季節に合わせて飾る写真を変えています。写真は良くも悪くも、撮影者の「その人となり」を表すものだと思います。患者さんに自分がどんな人間なのか知ってもらいたいということ、また話のきっかけになれば良いなと思って飾っています。やはり話しやすい雰囲気づくりというのは大切ですからね。

では最後に、改めて診療にかける思いをお聞かせください。

6

医療は究極の人間関係だと思います。診療のガイドラインがあっても、患者さんとのやり取りというのは本来、曖昧なもの。「頭が痛い」と一口にいっても人によって感じ方や表現の仕方も違いますからね。そういう個人の感覚により近づくために、お互いの情報を交換し合いながら治療していきます。お互いに謙虚な気持ちになって向き合わないと、良い医療は提供できないと思っています。また、近年は高齢化が進んでいますので、より注意深く診ていかないとなりません。ここでの医療を通じて、患者さん、またそのご家族が満足して良い生活が送れれば良いなと思っています。

Access