高橋 壮芳 院長の独自取材記事
三鷹あゆみクリニック
(三鷹市/三鷹駅)
最終更新日:2025/03/03

三鷹の町並みに自然に溶け込む「三鷹あゆみクリニック」。優しい医師が主人公の絵本に出てきそうな温かみのある外観が印象的だ。しかし、ここは24時間365日体制で在宅医療に取り組む戦いの拠点。温かな笑顔の高橋壮芳(たかはし・たけよし)院長をはじめ、多職種のスタッフたちがチームを組み、地域の健康を見守っている。高齢者はもちろん障害のある子どもなど困っているすべての人を視野に入れる高橋院長。学生時代は無医村で一生を捧げたいと考えたこともあったが、なぜ地元である三鷹で在宅医療に取り組むようになったのか。これまでの歩みや診療にかける思いなどを詳しく聞いた。
(取材日2025年2月3日)
祖父を家族で看取った経験が原点となり医師の道へ
まず、医師を志したきっかけから教えてください。

高校2年生の秋、子どもの頃から一緒に住んでいた祖父が自宅で亡くなったんです。主に祖母と母が介護をしていましたが、私もおむつ交換や食事介助を手伝うこともありました。元・陸軍軍人で恰幅(かっぷく)が良かった祖父が病を得て、3年かけてゆっくりと痩せ細っていった姿を今でもよく覚えています。他界した時も恐怖などはなく、ただただ日常風景の中にありました。かつて日本人の多くはこのように生命を全うしていたのでしょう。数多くの看取りを経験してきましたが、ご自宅で老衰により亡くなるという最期の形は、患者さんご本人が満足できるものかもしれないと考えています。病院でたくさんの管にずっとつながれたままというのとは違い、ご本人はもちろん見守るご家族の苦しみも軽減してあげられると思うのです。それも訪問診療を頑張っている理由の一つです。
なぜ訪問診療に取り組むようになったのですか?
大学時代は世界のどこかの無医村で働きたいと考えていて、イギリスに語学留学したこともありました。将来的に役立つだろうと、研修先は家庭医療に注力する病院を選択。どんな患者さんが来ても一人で対応できるように外科やICUの経験も積みました。ただ、病院はどうしても画一的な治療を提供せざるを得ない側面があり、自分がめざす医療とのずれを感じるようになりました。北海道の無医村を視野に入れて転職を考えていたところ、妻が妊娠。私も妻も東京出身で、勝手のわからない土地での子育てには不安しかありませんでした。そこで、いつか無医村に行ける時がきたら役立ちそうな在宅医療に東京でチャレンジすることにしたんです。そして在宅医療に関わってみて、まさに自分のやりたい医療はこれだと気づきました。
在宅医療のどんな点に魅力を感じたのでしょうか?

画一的な治療だけでは足りず、患者さんごとにオーダーメイドの工夫を重ねて支援することが欠かせない点でしょうか。どの患者さんもご家族もさまざまな不安を抱えていて、医療機関への不信感を募らせているケースも少なくありません。でも、疑心暗鬼になっている方に諦めずに寄り添っていくことで、閉ざされた心が氷解する瞬間があると信じてやっています。信じてくれたのかな、頼ってくれたのかなという手応えに支えられ、2011年の開業からあっという間の14年でした。この場所に移転したのは2021年です。クリニックの設計を依頼したのは土地の歴史や人々の暮らしを徹底的に調べることをモットーとする北海道の設計士事務所です。生まれ育った三鷹の地域医療に貢献したい思いをやわらかなイメージで表現していただき、とても気に入っています。
多職種のチームで、キュアとケアに配慮した在宅医療
現在はどのような体制で訪問診療に取り組んでいますか?

7台の車が稼働していて、基本的に医師と医療クラーク(医師事務作業補助者)で訪問しています。法人全体で皮膚科、整形外科、泌尿器科、脳神経内科などなどさまざまな専門性を持つ医師が在籍していて連携が取れているため、すぐに相談し合えるのも当院の強みです。看護師、理学療法士、ソーシャルワーカーなどもいますが、状況に応じて交代でリーダーシップを取るシェアドリーダーシップを取り入れています。大切なのは患者さんが一番悩んでいるのは何なのかということです。病気なら医師がリーダーとなりますが、「トイレに行けない」ならケアマネジャーと介護ヘルパーが前面に出ることで早期解決にもつながります。在宅医療ではフラットな多職種連携が鍵となりますが、医師によるトップダウンが好きではない私にとってはむしろやりやすいですね。
その他、訪問診療で大切にしていることは何ですか?
治療であるキュアと生活支援とのバランスでしょうか。末期がんの緩和ケアを除き、基本的に2週間に1回の訪問となります。気管切開・留置カテーテル・胃ろう・人工呼吸器などの管理や褥瘡(じょくそう)の処置、血圧の服薬指導などの治療もいつもどおりに行います。しかし、だからといって短時間で切りあげるのではなく、しっかりとケアする時間も必要だと考えています。雑談の中にも患者さんが将来の医療や介護をどうしたいのかを知るヒントがありますし、アドバンス・ケア・プランニングの一貫だと思っています。平常時から患者さんとの信頼関係を構築しておくことが、いざというときのためにも大切だと思っています。
これまで印象に残っている患者さんやご家族はいますか?

以前の勤務先で、お母さまを遠距離介護していた娘さんに、お母さまが亡くなられた時、「先生がいてくれたから、ここまで頑張れた」と言っていただいたことがありました。末期がんの患者さんの「先生の顔を見たら痛みを忘れたよ」という言葉も忘れられません。そんなふうに「この人だったら間違いない」と思ってもらえる関係をつくれた時はうれしいですね。当然のことながら、自宅での介護が難しくなり施設に入所する患者さんもいます。もう、ご家族と顔を合わせる機会がなくなっても、町で会えば「先生!」と気軽に声をかけてくださるなど、関係が続いていくことも少なくありません。「先生に会うとエネルギーをもらえる」と言われれば、「減った分を補充しなくちゃ。それには酒かな(笑)」などと答えることもありますし、どなたも印象深いですね。
患者や家族の本音に一人の人間として耳を傾ける
今後の展望をお聞かせください。

介護施設を作りたいです。在宅介護が困難になった方でも、私たちが継続して最期まで診られるようにしたいと思っています。ご家族の事情で急にショートステイが必要になった時、なかなか紹介先が見つからないという問題も解消できますしね。今後は理学療法士だけではなく言語聴覚士も加わり、訪問リハビリテーションも充実させていく予定です。といっても、これまで患者さんが頼りにしてきた業者さんに割り込むのではなく、われわれはあくまでもサポートとしてお役に立てればと考えています。また、ご高齢の方だけではなく、障害があるお子さんへの訪問診療にもますます力を入れていきたいですね。
お忙しい毎日ですが、リフレッシュ法などはありますか?
最近は秩父札所三十四観音霊場巡りをしていて、あと1つでコンプリートなんですよ。次は鎌倉を出発点とする坂東三十三観音巡りにも挑戦してみたいです。東日本大震災からの復興を目的に整備されたみちのく潮風トレイルでのロングトレイルにも興味があります。学生時代は毎年、北海道を回る自転車旅行をしていました。定職につかず、夏は北海道のトウモロコシ畑、冬は沖縄のサトウキビ畑で働き、無料のキャンプ場に泊まりながら自転車旅行を続ける人たちとの出会いなどもあり、刺激的でしたね。それまでは事前に立てた計画どおりに行動することにこだわっていましたが、雨の日は休むなど旅を楽しむことを教えてもらいました。イギリスに留学していた時も自転車でキャンプ場を回りましたが、いつかまた行きたいですね。
読者へメッセージをお願いします。

いつも患者さんにも伝えていますが、まずご自身がどうしたいのかを遠慮せずにお話しください。「本当は家にいたい」という方も多いと思うので、支えるご家族も含めてわれわれが全力で支援します。言いたいことを言ってもらうためには、スタッフ一同が患者さんとご家族の信頼に足る存在でなければいけません。そのためにも、一人の人間として患者さんに向き合う姿勢を忘れずにいたいです。目の前の困っている人に何ができるのか考えた時、画一的な対応だけでは足りないのは明らかと言っていいでしょう。手当てという温かな医療を大切にしながら、同じ思いの仲間を増やし、地域の健康を末永く見守っていくことが何よりの願いです。