平井医院

平井医院

平井貴志 院長

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東京メトロ副都心線・都電荒川線雑司が谷駅から徒歩圏内、住宅地の一角に懐かしい造りの店舗が連なる商店街「弦巻通り商友会」を抜けると「平井医院」が見えてくる。取材班を迎えてくれたのは、終戦後この地でクリニックを開業した父の跡を継ぎ、5年前に院長に就任した平井貴志先生。日本大学医学部卒業後、母校の医局で消化器系の研究に従事した先生は、内視鏡検査をはじめとする胃腸科系、消化器系の診療を得意としている。患者の要望に沿った医療を提供することを第一のモットーとする平井先生に、診療のこだわりや高齢化と共に年々需要が増える在宅医療について伺った。
(取材日2014年4月16日)

医局員時代の下積みが大きな糧に

―こちらの医院は先生のお父さんが開業したそうですね。

この雑司が谷で生まれ育った父が終戦後にこの地で開業しました。当院は大通りに面しているわけではないので患者さんの大半が地元の方々。地元の住民の皆さんと世間話をするかのような父の診療風景は子ども心に医師への憧れを抱かされました。私には兄がいるのですが、兄は音楽の道に進んだので、「自分が跡を継ぐしかない」と思い、医師の道を選びました。大学病院を退職して当院で働き始めてしばらくは父と一緒に診察をしていました。父が大きな病気を患った5年前に私が医院を継承しました。患者さんは大学病院時代からの方や紹介で検査を受けに来院される方もいらっしゃいますが、ほとんどが地元の方々です。僕のことを小さい頃から知っている方ばかりなのでやりにくい面もありますが、同級生やそのご両親がお孫さんと一緒に来院されたときなどは町のかかりつけ医としてやりがいを感じる瞬間ですね。

―大学を卒業してからこちらの医院を継承するまでの歩みについてお聞かせください。

日本大学医学部を卒業後は母校の医局に入りました。静岡の病院や足立区の東部地域病院、東京都がん検診センターなどに出張し、臨床の合間に研究を行うという生活でした。研究テーマはがんを含めた大腸にできる腫瘍全般。血液や内分泌系は数字などの要素で考えなければいけないのですが、消化器系は画像診断がメインで、見たままで勝負できるところが自分に向いているのかなと思ったのです。研究の内容は、内視鏡の肉眼的所見を当時始まった大腸がんの遺伝子分析と絡めて診断をつけるというもの。今は総合臨床制度の下、幅広い診療に対応する医師を育てようという流れですが、僕が医局に入ったばかりの頃は内視鏡に触れる機会というのはカメラを洗浄するときぐらいでした。下働きが多かったわけですが、おかげで内視鏡のカメラの構造を理解することができたわけですし、振り返ってみるとその期間がもっとも今の自分の糧になっているのではないかと思います。

―こちらの医院で働き始めたきっかけはあったのですか?

大学病院で務めていた内視鏡室長の任期終了が近づいていたこともありましたが、いちばんの理由は父が大きな病気を患ったことですね。働き始めるに当たって、僕の専門である内視鏡検査や超音波検査の設備を導入しました。しばらくは消化器系を専門に診療を行っていたんですが、父が年を取ってきたこともあり、徐々にその他の診療も引き継いでいったという形ですね。父の専門だった小児科に関しても最初はおっかなびっくりという感じでしたが、さまざま患者さんの診療を通して身につけていきました。院長になって展望のようなものは特に考えませんでした。当院は駅から離れた住宅地にありますし、規模もそれほど大きくないのであまり多くの患者さんには対応できません。現状を維持しながら、在宅医療も含めて長い期間お付き合いできる町のかかりつけ医であれればいいと思っています。



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