釋迦郡 詩織 院長の独自取材記事
ほとりメンタルクリニック 川口元郷
(川口市/川口元郷駅)
最終更新日:2026/09/07
川口元郷駅から徒歩3分、芝川のほとりに立つ医療モール2階に「ほとりメンタルクリニック 川口元郷」はある。院長の釋迦郡(しゃかごおり)詩織先生は東京医科歯科大学(現・東京科学大学)を卒業後、日本精神神経学会精神科専門医として研鑽を積んだ、トラウマ・PTSD診療の専門家だ。2026年5月に開院した同院では、薬物療法や認知行動療法を用いて幅広い精神疾患に対応する。誰もが心の傷つきを抱えている可能性があるという前提で医療を行うトラウマインフォームドケアを理念に掲げ、患者とフラットな目線で治療方針を決めていくことを大切にしている。穏やかで自然体な釋迦郡先生に、トラウマ診療への志、「ほとり」という院名に込めた想いなど聞いた。
(取材日2026年6月8日)
トラウマを抱える人たちの居場所をつくる
先生が精神科の医師を志したきっかけを教えてください。

身内に精神科医がおりまして、子どもの頃から仕事の話を聞かせてもらっていました。人の心の奥深さに感銘を受けるとともに、当時の精神科病院では今以上に患者さまがひどい扱いを受けており、精神科医療を変えていかなければならないと語る姿に憧れを抱くようになったのが出発点です。大学卒業後は精神科専門医として研鑽を積みながら、公衆衛生分野でのジェンダーやトラウマの研究、オンラインカウンセリングサービスの立ち上げなどさまざまな領域から精神科に携わってきました。出身が埼玉県でいずれは地元で医療に貢献したいという想いもあり、それが今回の開業につながっています。
開業を決意されるまでには、どのような背景があったのですか。
精神科の診察の中で、患者さまからトラウマとなるような体験があったと伺うこと自体は珍しくありません。ただ、患者さまが子どもの頃の虐待を打ち明けたとしても、「今は状況が違う」として現在の病状とトラウマを切り離したり、PTSDの症状が本人の性格として片づけられたり。トラウマの扱いはカウンセラー任せという流れが長く続いていたのです。国際的には複雑性PTSDの診断基準が確立され、エビデンスに基づくトラウマ治療が医療として提供されるべきという流れがありますが、日本では専門的に診られる医療機関がまだまだ少なく、トラウマ診療の拠点の一つになれればと開業を決めました。
クリニックづくりで大切にされたことを教えてください。

通いやすく身近な相談先になれたらと考え、都内からも南北線でアクセスしやすい川口元郷駅の近くを選びました。芝川のほとりに位置するこの医療モールには複数の診療科が並んでおり、他科の先生方との連携も行っております。川口駅や赤羽駅からバスでも通え、隣接する大型駐車場も使えます。院内はプライバシーの保護を重視した造りです。診察室は遮音性の高い壁と扉を採用し、3室を離して配置しているので別室の声が漏れることはありません。待合スペースにはWi-Fiや電源つきのカウンター席を設けハイチェアを用意しました。じっと座るのが苦手な方や、周囲と目を合わせずに過ごしたい方も想定しています。椅子やBGM、内装は川のほとりにあるカフェをイメージして、居心地の良い空間づくりをめざしました。
トラウマ・PTSDに対し、認知行動療法でアプローチ
改めて、トラウマやPTSDとは、どのようなものか伺えますか?

トラウマとは心的外傷とも呼ばれ、生命や人としての重大な尊厳を脅かされるような場面に直面したり目撃したりなど、心理的に強い負荷を受ける心の傷つき体験を指します。子どもの頃の虐待や地震・津波などの災害、性被害なども含まれます。こういった体験をしたあと、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状として、トラウマ体験の記憶が意思とは関係なくよみがえったり、それを思い出させるものを避けようとして生活に支障が出たりします。こうした症状が1ヵ月以上続く場合、PTSDの可能性があります。いったんは乗り越えても数十年後に別の出来事をきっかけに過去のトラウマの症状が出てくることもあります。
こちらではどのような治療が受けられるのですか。
当院では日常生活での困り事がある方を広く受け入れています。適応障害、不眠症、うつ病、発達障害などさまざまな症状の方が通院中です。治療の希望を事前にお聞きし、患者さまご自身が選ぶことを大切にしています。お薬が必要となる方は多いですが、ケースバイケースで、カウンセリングのみや漢方で対応する場合もあります。治療の取り組みのベースに置いているのが認知行動療法です。例えば「明日はテストだから学校へ行きたくない」という考えが不安を生み、おなかが痛くなり、学校を休んだとします。考え・感情・体の反応・行動の4つは互いに影響し合います。お薬は主に感情に働きかけますが、認知行動療法では先ほどの例のような悪循環になるようなパターンを見直して、より良い考え方や行動のパターンがないかを一緒に探していきます。
PTSDに特化した治療もあると伺いました。

PTSDや複雑性PTSDに特化した治療法は、私が力を入れている分野です。実施できる医師がかなり少ないのが現状です。トラウマが1回の出来事によるものか、長期間にわたり繰り返されたものかなどを踏まえて、適した技法を選択します。事故や暴力がトラウマとなっているケースには認知処理療法を、性暴力被害によるトラウマには持続エクスポージャー療法を用いることが多いです。さらに、虐待やDV、宗教施設での監禁など、長期間にわたって繰り返し体験したトラウマにはSTAIR/NSTという技法があります。いずれにしても認知行動療法の考え方がベースです。トラウマの内容や経緯はお一人お一人異なりますので、丁寧に対話しながら適した治療を患者さまと一緒に決めていきます。
心の傷つきに寄り添い、安心感を積み重ねたい
診療の上で大切にされている考え方をお聞かせください。

当院の理念は「トラウマインフォームドケア」です。誰もが心の傷つきを抱えている可能性があるという前提で医療を行う考え方で、クリニックの基本理念としています。日本では人が一生のうちにトラウマを経験する割合は60%程度といわれています。心の傷つきは誰しもが経験し得るもの。この理念は患者さまだけでなく、そばで支えるご家族も、医師や看護師などの医療者も含めて考慮するものです。患者さまに寄り添う中でサポートする側が疲弊したり、傷ついたりすることは決して珍しいことではありません。安心感の小さな積み重ねが大きな支えになると、スタッフ一同心がけています。「ほとり」というクリニック名には古い言葉で「となり・居場所」という意味があります。患者さまが羽を休め、日常の手助けになるものを持ち帰り、再出発していける場所でありたいと思っています。
受診を迷っている方に、伝えたいことはありますか。
まずはお話を聞かせてください。話すことがまとまっていなくても大丈夫です。ご自身の気持ちを整理するために来ていただくだけでも構いません。精神疾患全般に言えることですが、受診の目安は心の問題から来る症状でご本人や周りの方が困っているかどうかです。少し心配だからカウンセリングを受けたいというお気持ちがあれば気軽にお越しください。当院では私も受付スタッフもなるべく私服で対応しています。また、外出が難しい方にはオンライン診療にも対応していますので、気になる症状があればお気軽にご相談ください。
今後の展望と読者へのメッセージをお願いします。

一緒に働いてくださる仲間を増やしていきたいです。トラウマ診療に取り組む職種の方が増えれば心強いです。興味はあるけど、どこで研鑽を積めば良いかわからないという医師や看護師、心理士の方も歓迎します。医療スタッフに限らず、患者さまを支える立場に関心のある方も、ぜひ声をかけてください。持っている知識や技術の共有は惜しみません。この分野はまだ裾野が狭く、広げていくことに大きな意味があります。将来的には、患者さまやご家族、支援者がつながるコミュニティの場もつくっていきたいですね。「ほとり」で羽を休め、皆さんが飛び立つ姿を見送れたら、私はとてもうれしいです。

