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橋本 吉登 院長の独自取材記事

三ツ境整形外科

(横浜市瀬谷区/三ツ境駅)

最終更新日:2020/04/01

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三ツ境駅から約3分にある「三ツ境整形外科」は、2011年に開院したクリニック。2015年2月から新たに院長として着任した橋本吉登先生は、幼稚園から高校まで三ツ境で育った。金沢大学医学部を卒業後は横浜市立大学病院に入局。整形外科の医師としてキャリアをスタートし、国立横浜病院(現・横浜医療センター)など、神奈川県内の複数の病院で勤務医として活躍。医療法人社団「祐昇会」の理事長との縁で、医療を通じて地元に貢献したい思いがあり現在に至る。学生時代は一貫してバレーボールの選手として活躍。自身もけがを克服した経験を生かし、スポーツ整形を専門に。忙しい毎日を送る院長に話を聞いた。
(取材日2015年8月21日/更新日2019年11月30日)

納得のいく治療を通じて、患者との信頼関係を構築

とても明るい印象の院内ですが、患者さんの傾向はいかがでしょうか?

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ここは看護師も理学療法士も受付スタッフも明るくて元気で、患者さんとも、和気あいあいという感じです。リハビリの施設もあるので、毎日のように通院される方もいらっしゃいますが、スタッフたちが積極的に声がけをしたり、点滴の間に世間話をしたり。単純に治療だけではなく、気持ちまで晴れて帰っていただきたいと思っています。病院やクリニックというと緊張されると思いますが、患者さんとの人間的な信頼関係を築けるように心がけています。また来院時の心配を少しでも和らげられるよう、院内のインテリアも明るいオレンジ色に統一するなど工夫をしています。私が着任したばかりの頃は、比較的お年寄りの方が多かったように思いますが、最近では、私の専門がスポーツ整形ということもあって、スポーツをしているお子さんや若い方が増えています。近くにある学校の先生たちが最初に来院されて、その紹介で生徒さんが治療にいらっしゃるケースもあります。

治療方針としては、どのようなことをお考えでしょうか?

患者さんの中には、野球のピッチャーでボールを投げすぎてしまい、骨をおかしくしてしまったお子さんもいます。野球なら肩や腕。サッカーなら足や股関節といったように、種目によってけがや障害など発生しやすい部位があります。日頃から、けがや故障を起こさないような体の使い方や体づくりを行うことが大切ですが、どんなに気をつけていても、スポーツの場合はけがをするリスクは避けられません。けがをしてしまった場合、今度はいかに短期間で治すかが課題になります。けがの状態をしっかりと検査した上で、明確に具体的な数字を出して、完治するまでの流れを説明するようにしています。

納得いただいた上での治療が大切ということですね。

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けがの状態や部位によって治療方法はさまざまで、あまり急いでも、適切な治療やリハビリに十分な時間を使えず、結局またけがを繰り返して、最悪の場合は選手生命を縮めることになりかねません。もちろん、患者さんからすると、治療で休むのはライバルに遅れを取ってしまうので、焦る気持ちもわからないわけではないのですが……。実は、私自身も学生時代ずっとバレーボールをしていました。大学5年生の時には、膝の半月板損傷で手術を受け、もう選手を諦めるしかないと思ったのですが、手術とリハビリをしっかり行って、また元のようにバレーボールをすることができるようになりました。そんな経験を通して、できるだけ早く診断して、すぐに治療を開始して、しっかり治してあげたいと思っています。

バレーボール選手の体験を通じ、スポーツ整形を専門に

治療やリハビリテーションのための機材や設備が整っていますね。

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全身の運動器官の病気や外傷の治療を行っています。検査でも、CTやMRI検査が必要な場合、近隣の医療機関さまと連携し、骨や筋肉を十分に評価した上で、診断や治療方針を決定します。また、リハビリテーションにも力を入れており、広いスペースを設けて、常時3~4人の理学療法士が対応。痛みの緩和や手術後のケアはもちろんですが、けがを未然に防ぐための筋力増強やバランス訓練なども指導して行っています。勤務医時代は十分に行えなかったリハビリテーション治療を充実したいと思っています。

院長は、バレーボール男子日本代表のチームドクターのご経験もあるそうですね。

主に男子代表やユニバーシアード代表のチームドクターとして、トップレベルの選手のけがに対応してきました。アマチュアスポーツの場合には、代表チームと違って、専任のドクターやトレーナーが不在ということも多く、監督やコーチが選手たちに無理をさせてしまう場合や、選手本人も期待に応えようとやはり無理をすることがあり、問題ですね。監督やコーチは有志で、トレーナーなどをつけられないことがほとんど。でも、試合で遠征に行くにも、選手の体を作るのにもお金がかかります。スポーツ先進国のアメリカなどでは、有望な選手やチームにはお金持ちが寄付をする考え方があり、社会全体がスポーツを支えています。東京オリンピックの開催もあり、スポーツへの関心が高まってはいますが、海外と比べると日本のスポーツの文化度は残念ながらまだまだ遅れていると感じざるを得ません。

バレーボールは、趣味などで続けていらっしゃいますか?

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10年ほど前まではバレーボールをやっていましたが、今は何かと忙しくなってしまったのでやっていません。体のコンディションを保つために、何かスポーツをやろうとは思っているのですが……。休みの日は自宅で音楽を聴いたりしますが、特にこれといった趣味はありません。仕事が趣味、趣味が仕事というような毎日を送っていますから。

医療を通じて、自分を育ててくれた町への恩返しを

そもそも先生が医療の道をめざされたきっかけは、何でしょうか?

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兄が内科医師をしていますが、父はパイロットでした。医師になりたいと漠然と思い始めたのは、中学生の時ですね。当時地元に整形外科があり、けがをした時に助けてくれる医師の存在に憧れたのがきっかけですね。医学部をめざしながら、バレーボールもやっていたいので、両立させるのは大変でした。金沢大学の医学部に入学して感じたのは、世の中には頭のいい人間がたくさんいるんだなということで、医師を志して集まってきた同級生たちは皆、優秀でした。入部した金沢大学のバレーボール部はかなり強かったので、周囲からは、そんなところに入ったら遊べないよと言われましたが、バレーボールは一番好きなスポーツでしたから、練習に励みました。そんなこともあって、金沢で過ごした6年間は、今でも私の中で輝いています。

大学を卒業後、すぐに横浜に戻られたわけですね。

はい。横浜市立大学の整形外科に入局しました。以来、医局の人事でいくつかの病院に勤務してきましたが、ご縁があって地元に戻ることになりました。三ツ境は、幼稚園から高校までずっと暮らしていた町なので、理事長から院長を引き受けてほしいというお話を聞いた時にはうれしかったです。ここは、ベッドタウンですが、医療の谷間的な印象もあり、医療機関の数がまだ十分ではないように感じていました。そこで、自分の専門領域の知識や技術を通じて、自分を育ててくれた町に恩返ししたいと思っています。また、理事長がとても理解のある方で、私が診療のため遠方に出かけなければならない場合、その辺りでも融通いただけたのが大きかったです。

最後に、今後の診療の展望や読者の皆さんへのメッセージをお願いします。

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バレーボールの選手たちを見ると、空腹になると脂肪分の多い食事をしたり、昔の食生活を引きずっているのを感じます。そうした選手は、遠征に行くと、好き嫌いから途端に食べられるものがなくなります。結局、こういった選手は持久力がなく、けがもしやすいと言えるでしょう。患者さんを見ていても、身長が高く、骨は成長していますが、筋肉の成長が追いついていません。昔は、子どもは体がやわらかいといわれたものですが、今は体が固く、柔軟性がない子が多いです。これではけがが起きやすくなります。ですので、将来的にはスポーツの姿勢チェックや体の使い方の指導なども行えるようになればいいですね。お年寄りのためには、ご自分の足で来院することが難しい方のために、訪問診療なども考えて行きたいと思っています。これからも患者さんに寄り添った丁寧な診療を続けて行きたいと思っていますので、今後ともよろしくお願いします。

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