蒔田 勇治 院長の独自取材記事
ななみ在宅診療所
(板橋区/本蓮沼駅)
最終更新日:2025/05/09

板橋区全域とその周辺地域を対象に、通院が困難な患者と家族を支える「ななみ在宅診療所」。蒔田勇治院長が大切にしているのは、素直・反省・謙虚・奉仕・感謝・明朗・同事という7つの心。その「七心(ななみ)」を医院名に掲げ、24時間365日、必要とされる医療や情報の提供に努めている。元はIT企業に努める会社員だったという蒔田院長。人生を深く考えた末に医師に転向し、大学病院の耳鼻咽喉科で研鑽を積んだ後に在宅医療と出会い、節目の年を迎えて開業を決意したそうだ。「縁ある人々と社会を豊かにしていきたい」と話す蒔田院長に、診療時の心がけや今後の展望について聞いた。
(取材日2025年4月28日)
さまざまな縁があって「7つの心」にたどり着く
先生はなぜ医師を志したのですか?

実は私、初めから医師の道に進んだわけではないんです。運動が好きだったのでアスリートなどを診るスポーツ医学に興味はあったものの、そこまで強い思いではなく、慶應義塾大学経済学部を卒業してIT企業で働いていました。仕事は楽しかったのですが、「自分の進む道はこれで良かったのだろうか」とふと考えることがあったんですね。自問自答しながら思い出したのがスポーツ医学でした。医療職を強く意識したのがこの頃で、出した結論は「医師になる」でした。琉球大学医学部に入り直して医師になり、幅広くすべてを学ぶ中で、最終的に専門分野に選んだのは耳鼻咽喉科、頭頸部外科でした。千葉大学医学部附属病院やその関連病院で、主に頭頸部にできるがんの治療に携わってきました。
そこから在宅医療に携わるようになったきっかけは何だったのでしょうか?
結婚を機に大学病院からクリニックに転職し、院長を任されるなど医師としてキャリアを積む中で、次に医師として進むべき道を改めて考えるようになりました。体の特定の部位を診るだけでなく「全身を診る医療」に重きを置きたいと思い、調べる中で在宅医療の存在を知って門をたたいたのが当時住んでいた江戸川区にある「しろひげ在宅診療所」でした。これが大きなターニングポイントとなったのです。外来診療と在宅医療では、診療の流れや求められるものが異なります。ご家族とのコミュニケーションや在宅医療ならではの処置など、看護師さんに現場で何度助けてもらったことか……。右も左もわからず飛び込んだ在宅医療の世界ですが、院長の山中光茂先生をはじめとする先生方、看護師やスタッフのおかげで、少しずつ患者さんやご家族からも信頼していただけるようになりました。
なぜ開業の道を選ばれたのですか?

やりがいのある日々を過ごしながら、私は50歳を迎えようとしていました。節目の年齢となって人生について深く考えていたのです。「しろひげ在宅診療所」との出会いも、周りの方々に支えてもらったことも、さまざまなご縁があって多くのものを与えてもらってきた。「人生の後半は与える側に立ちたい」と思ったのが、開業のきっかけです。妻の地元であるこの場所で、義父が院長を務める「篠遠医院」の2階で開業できたこともご縁ですね。また山中先生は、私が大好きな「しろひげ在宅診療所」のウサギのキャラクターの使用をご快諾くださいました。多くのご縁や経験を経て開業した当院。院名の「ななみ」は素直・反省・謙虚・奉仕・感謝・明朗・同事という7つの心(七心・ななみ)を表しています。仏教や経営者の方々の言葉から学んだものですが、医師として、また人として、私が生涯大切にしたいと思う7つの心です。
24時間365日、患者や家族の心に寄り添う医療を
これまでの経験を、この地でどのように生かしていこうとお考えですか?

私は山中先生の理念に共感し、「しろひげ在宅診療所」で在宅医療の技術や在り方について学んできました。患者さんの思いや価値観に寄り添った医療を提供し、ご家族をはじめ患者さんを支える方々に安心を届けること。患者さんやご家族はもちろん、スタッフにも豊かさを届けること。そして在宅医療を通じ、地域や社会に貢献すること。「しろひげ在宅診療所」の一員としても大切にしてきたこの理念は、当院でも受け継いでいきたいと思っています。常勤の医師やスタッフが24時間365日対応するという方針も、「しろひげ在宅診療所」と同様です。やはり在宅医療を必要としている方やご家族にとって、24時間365日対応は安心できるポイントの一つだと思いますから。
診療可能な範囲について教えてください。
板橋区全域を中心に、北区・豊島区・練馬区など当院から7~8km以内が目安です。ルール上はもう少し広い範囲まで可能なのですが、理念を大切に責任を持って対応するには、現状ではこのくらいが良いだろうと判断しています。病院への通院が困難でご自宅での療養を希望される方、ご自宅で在宅酸素やカテーテルなどの医療管理が必要な方などが対象です。私は大学病院でがんの治療に数多く携わってきましたし、床ずれについても専門的に学んできました。ご自宅で緩和ケアをご希望の方にもこまやかなケアができるかと思います。もう一つ力を入れていきたいのが、嚥下障害への対応。ご高齢になると嚥下機能が低下して、そこから誤嚥性肺炎のリスクをも高めてしまいます。耳鼻咽喉科で培った知識を生かし、専門職の方々と協力しながら、患者さんの食生活を支えていきたいですね。
患者さんやそのご家族と接する際、どのようなことを心がけていますか?

七心の「素直」にも通じるのですが、患者さんやご家族の話にしっかりと耳を傾けて、「何にお困りで、何を求めているのか」を把握することです。そこに医療的なフィルターをかけてしまうと、患者さんやご家族の真のお悩みを見誤ってしまうかもしれません。時には医学的な正しさよりも、患者さんやご家族の希望を優先すべき場面もあると思うんです。そして、特にご家族の不安を取り除くということも重視しています。悩むご家族に「このような方法もありますよ」と提案したり、介護するご家族の休息を目的とした「レスパイト入院」などの情報提供を行ったりもしますね。七心の一つである「同事」とは、相手の立場に立って考えて深く思いやること。そのような診療ができるよう心がけています。
関わるすべての人や地域を豊かにしたい
院内外の協力体制も重要になりそうですね。

医師一人だけでは医療は成り立ちません。特に在宅医療は、院内連携はもちろん、ケアマネジャーさんやホームヘルパーさん、またご家族も含めて皆がチームとなって取り組むもの。私はその奥深さに魅了され、やりがいを持って在宅診療に取り組んできました。「しろひげ在宅診療所」の山中先生は「謙虚」という言葉を大切にされています。医師もスタッフも各分野における専門家。医療提供の上での指示体系はありますが、看護や事務処理、介護や福祉についてなど、医師が皆さんから教わることも多いんです。ともすれば威圧感を与えてしまうポジションだからこそ、医師は謙虚でなくてはいけない。在宅医療の現場で多くのスタッフに助けられてきた私には、山中先生のこのお考えが身にしみます。院内外で医療・福祉に携わる方々、また、患者さんの嗜好やこれまでの人生について誰よりも知るご家族も、医師にとって大切なパートナーです。
今後の展望をお聞かせください。
当院は私を含めて4人でのスタートとなりました。看護師も事務スタッフもドライバーも、「クリニックを成長させよう」と皆で積極的に意見を出し合っています。私も昼夜携帯電話を手放さずに待機していますが、身は一つです。クリニックの成長に合わせて少しずつ体制を強化し、医療の質を落とすことなく診療範囲を広げていきたいです。そうしていずれ自分が「与える側」に立てたら、職場環境やスタッフの待遇をさらに良いものにしたいですし、在宅医療の枠を超えて地域に貢献していきたいと考えています。高齢化や子どもたちを取り巻く環境など、地域の中で医療や福祉が力を発揮すべきことはまだまだありますからね。縁ある人々と社会を豊かにしていきたい。これは私の尊敬する方の言葉ですが、私の人生における目標でもあります。
最後に、読者へのメッセージをお願いします。

通院が難しい患者さんも、それを支えるご家族も、在宅医療には期待と不安がおありかと思います。24時間365日その気持ちに寄り添うのが、私たちのめざす在宅医療。夜間や休日にお困りの際も、訪問が必要ならば遠慮なくお聞かせください。院内外で力を合わせ、必要な医療や情報の提供ができるよう努めています。