臨床コーチングと「ご近所力」で
見えない孤立に寄り添う在宅医療
城西名原訪問クリニック
(名古屋市中村区/黄金駅)
最終更新日:2025/06/23


- 保険診療
通院が困難な人が受ける在宅訪問診療。利用者の多くが、加齢や病気により通院ができない高齢者だという。訪問診療をはじめとした医療・介護・福祉サービスを受けられる人がいる一方、これらの手が差し伸べられていない孤立状態の高齢者も多い。周囲との接点が失われている人や、心理的な理由で孤独を感じている高齢者も少なくないという。孤立した高齢者に寄り添うべく、訪問診療を中心に外来診療にも応じる「城西名原訪問クリニック」の勢納八郎院長。勢納院長は、患者の心を解きほぐし、その人が望む人生の最期をかなえるために、臨床コーチングと「ご近所力」を駆使している。高齢者の孤立と在宅医療の在り方を知ることで、地域の一員として自分には何ができるのか、また身近な人が孤立状態になっていないかを考えるきっかけになるだろう。
(取材日2025年4月9日)
目次
社会や身近な人との接点が薄れていく高齢者。孤立した人々の自主性と本音を引き出す在宅医療の在り方とは?
- Q高齢者の孤立とは、どのような状態を指すのでしょうか?
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A
▲同院ではドクターカーを完備し、手厚いサポートを実現している
社会や周囲とのつながりを失い、引きこもりの状態になることを指します。例えば、病気や体力の低下により外出や通院ができなくなった人、仕事を引退し社会との接点がなくなった人、介護や福祉のサービスが受けられない人などです。孤立は自宅だけで起きるわけではありません。高齢者向けの施設では、レクリエーションに参加しても耳が聞こえにくくて楽しめなかったり、参加したくなくてもその場にいなくてはならなかったりし、孤独を感じている人がいます。個室に引きこもっている人も少なくありません。このような孤立した高齢者から本音を引き出し、希望する「人生の締めくくり」をかなえるのが在宅医療の役割だと考えています。
- Qそうした人と向き合う際、大切にしていることを教えてください。
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A
▲長年、臨床コーチングを活用し、診療にあたっている
臨床コーチングを活用しています。臨床コーチングでは、聞く・伝える・質問するスキルを使い、相手の自主性を引き出します。訪問診療では、患者さんが「本当はどうしたいのか」を患者さん自身が気づけるようなコミュニケーションを心がけています。会話が困難な患者さんに対しては、低下している認知機能を補うことでコミュニケーションが成立するのではないでしょうか。記憶力が衰えていても、昔のことはよく覚えていることがありますよね。患者さんがかつて従事していた職業に合わせた呼び方や接し方をすることで、当時に戻ったかのように会話ができるようになることもあるのです。視線や話すスピードを変えるのも効果的だと考えています。
- Q診療において当院で独自に工夫していることを教えてください。
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A
▲大きなテーブル横にはさまざまな雑誌があり、自由に読める
訪問診療に加え、外来診療も行っています。当院の外来診療の目的は、治療や予防だけではありません。地域の憩いの場であり、地域がつながる拠点になることをめざしています。待合室には大きな長テーブルを設置し、自宅のリビングのような雰囲気にしています。居心地が良く長居できる場所をつくり、患者さんを「おかえり」と迎える場所にしたいのです。地域住民だけではなく、医療や介護、福祉などの専門家が集う場所にもなってほしいですね。孤立した高齢者を支える上で、これらの専門分野が連携する「地域包括ケアシステム」は欠かせません。私はこれを「ご近所力」と呼び、地域活動や各分野の専門家との結びつきを重要視しています。
- Q活動を広げていくために取り組んでいることはありますか?
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A
▲各個人に合わせた資料を用い、治療にあたっている
私の考えや活動に興味を持った医療現場や行政などから、勉強会や症例発表をしてほしいと要望をいただくことがあります。先日は当院の長テーブルを囲み、訪問看護ステーションで働く看護師に臨床コーチングについて勉強会をしました。このような交流の目的は、私の考えやスキルを伝えて仲間を増やすことだけではありません。表面上の付き合いではなく、同じ志を持つ仲間として強い絆を結ぶことが大事。さらに、私自身が地域活動に積極的に参加し、地域とのつながりを深めることで、強固な「ご近所力」が築けると考えています。孤立した高齢者を支える上で、ご近所力は欠かせません。
- Q今後、先生がめざす医療の在り方についてお聞かせください。
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A
▲コミュニケーションを通じて生きる意欲が湧いたら、と話す院長
患者さんに対しては、臨床コーチングなどのコミュニケーションスキルを駆使して自主性を引き出すこと。在宅医療の輪を広げるためには、地域や専門分野とのつながりを強めること。さらに、患者さんが訪問診療や外来診療を待ち遠しく思うような医療を提供することが大切だと思います。患者さんの満足感や期待感をこえる、いわゆる「顧客経験価値」を重視した医療です。患者さんからの依頼には極力応えていますが、より良い選択肢があれば別の医療機関での受診をお勧めすることも。「チュージング・ワイズリー」という考え方です。より良い選択をするためには、患者さんとの対話が大事。やはり医療現場では、コミュニケーションが必要なのです。