矢野 祖 理事長の独自取材記事
さんりつ在宅クリニック町田
(町田市/町田駅)
最終更新日:2024/01/15
町田、相模原エリアで訪問診療に取り組む「さんりつ在宅クリニック町田」。理事長の矢野祖(はじめ)先生は日本神経学会認定神経内科専門医。外資系ファームでコンサルタントの経験もあるという異色の経歴の持ち主だ。一方で徳島の恵まれた自然の中で「おばあちゃん子」として育ったという親しみやすい一面も持つ。これまでの人生のすべてが現在へとつながり、今、その名前の通り新たな在宅医療の開祖ともなるべく取り組みを続けている。思いを同じくする頼れる仲間たちが集まり、患者の生活を第一にした診療を提供。朗らかなリーダーシップあふれる矢野先生に、診療において大切にしていること、思い描く未来像などについて詳しく話を聞いた。
(取材日2023年12月15日)
歳を重ねても、社会とつながり続けられるよう支えたい
まず、医師になったきっかけやご経歴を教えてください。
高校時代は馬術部で、もともとは獣医師をめざしていましたが、オーナーの意向で馬の命が左右される点が耐え難く、「自分で意思決定できる人間を診よう」と思うようになりました。そして、脳科学への興味と、診断が難しく困っている患者さんが多い診療科のひとつということから神経内科を専門にしました。亀田総合病院などを経て、ハーバード大学に留学し公衆衛生修士を取得。帰国後、一度は医師も辞めるつもりでマッキンゼーのコンサルタントに転身。短期間で病院も含めたヘルスケア業界の全体像を俯瞰し、経営について学べたことなど、多くの経験が現在に役立っています。
その後、なぜ開業に至ったのでしょうか。
ハーバード大学OBの先輩に誘われ、「病院に通うのと同等に在宅医療を選択できるような、新しい枠組みを作るのにチャレンジできるのではないか」と可能性を感じたからです。神経疾患をお持ちの方はクリニックまで足を運ぶことが難しいケースも多いため、在宅医療では神経内科のニーズも高く、公衆衛生学の知識やコンサルタントの経験も生かせるとも思いました。また、私は両親が共働きで祖母と過ごす時間が多かった影響も大きいですね。祖母とおやつを食べながら時代劇を見るのが日課でした。小学校の時は取っ組み合いもできた祖母が、高校生になる頃にはフライパンを焦がすようになり……そんな、人が老いていく姿はいつも身近でした。ご高齢の方と接する時にもつい祖父母と重ねて、「いつまでもいきいきと過ごして欲しい」と願わずにはいられません。
どんな時にやりがいを感じますか。
亀田総合病院時代から、人が年齢を重ねながら社会で生きるのを支えることに大きなやりがいを感じていました。脳梗塞で入院していた方がリハビリを重ね帰宅して、「先生、魚釣ってきたからあげるよ」などと持ってきてくれるようなこともあり、医療と生活のつながりを実感できる外来が大好きでした。高齢化社会の中で、誰もが何かしらの病を抱えながら長い年月を生きるのが当たり前になりつつあります。病気にならないようにしっかりと予防していくことも含め、在宅医療の現場でも一人ひとりの生活を全力でサポートしていきたいです。
患者の生活を中心に充実した体制で医療を提供
現在、どのように在宅診療にあたっていますか。
6~8kmエリアを中心に多摩市、横浜市青葉区など近接したエリアにも訪問させていただいています。診療車は常時6台稼働していて、ドライバー、看護師、医師の3人体制で必ず動いています。医療従事者が医療に集中できるように、ドライバーの他にも往診バッグの中の医療物品の補充やご自宅で使用する医療物品の管理を行う専門スタッフがいるのも当院の特色のひとつです。常にタスクシフトにチャレンジして、医師と看護師が患者さんに触れたり話したりする時間を少しでも多く確保したいと考えています。また、訪問診療導入時や外部医療機関との橋渡しを担う相談員も当院になくてはならない存在です。さまざまなバックグラウンドを持つ相談員が在籍しており、それぞれの強みを生かしながらケアプランや療養環境への提言やサポートなども行っています。
貴院ならではの特徴はどんな点ですか。
ひとつは専門性が高い医師がそろっているという点です。神経内科、形成外科、糖尿病内分泌、呼吸器、消化器、緩和ケアなどを専門とする常勤医師4人、非常勤医師14人が診療にあたっています。コミュニケーションの取り方、年齢性別もさまざまで個性豊かですね。昼間は9時から18時まで各ご家庭や施設を回り、夜間は緊急電話を受けて往診に伺う体制ですが、日勤、夜勤の診療グループを完全に分け、日中の診療チームの負担を軽減しつつ夜間チームは曜日固定で訪問診療経験豊富なスタッフを配備することで診療の連続性と質を担保しています。きめ細かな医療を提供できるよう、心身を健やかに保つためにもスタッフのワークライフバランスは大切にしています。
診療で大事にしていることを教えてください。
くれぐれも「患者さんの生活」を中心に考えて取り組むことです。「患者さん」ではなく、「患者さんの生活」であるのは、医療以外の部分やご家族の想いもくみ取って支えてきたいからです。これは、医師、看護師、相談員など、スタッフ全員が常勤か非常勤かも関係なく大切にしている想いです。これを実現するために、時には医療の枠を越えて汗をかくこともいといません。療養環境や日々の介護へのアドバイスなどが診察中の会話の中心になることもよくあります。時にはペットの犬の話が8割の日も……。患者さんご本人を診ることはもちろんですが、生活や環境など全体に目を向けて支えていきたいと思っています。
誰にも等しくアクセスできる医療の強みを生かしたい
今後の展望についてお聞かせください。
現在、在宅医療のスタッフと訪問看護、ケアマネジャーさんなどが情報共有するためのアプリケーションを開発しています。デジタルシステムも活用して患者さんの生活をよりいっそう支えていきたいです。また、町田エリアは日本有数の団地群を有し、一人暮らしのお年寄りも少なくありません。現在も地域包括ケアセンターから困難症例の方を紹介されることもあり積極的に受け入れています。何らかの理由で孤立してしまい介護保険のセーフティーネットからこぼれ落ちている方でも、「あなたの体のために来ました」と行くとドアを開けてくれるんですよ。すべての人に等しくアクセスできるという医療の強みを生かして、孤独な状況にある方も社会とつながるよう接点になっていきたいと思っています。
お忙しい毎日ですが休日はどうお過ごしですか。
3児の父なので、休日はのんびり子どもと過ごしています。普段は妻に任せきりなのですが、3兄弟なので毎日戦争です。休みの日に彼らと遊ぶだけでもヘトヘトで、月曜出勤する足取りが軽いのはここだけの話です。
最後に読者へのメッセージをお願いします。
人と人との関係を丁寧に作り、電話口での声のトーンひとつからもお気持ちを推し量るようにしていきたいと思っています。在宅医療は医療を提供するだけでなく、地域ごとに形を変え、役割を変えることも必要と感じています。患者さん、ご家族はもちろんのこと、地域で在宅療養を支える関連職種の皆さんにはこれからも“どうすれば東京さんりつ会が、ひいては在宅医療そのものが良くなるのか”忌憚ないご意見をいただき、成長させていただければと思います。そして、私たちがいただく患者さんやご家族からの感謝のお言葉をご一緒させていただいた皆さまにお返しし続けていければと思います。地域の皆さまのニーズとともに私たち、在宅医療チームも成長していくことができたら、これ以上の喜びはありません。