羽溪 優 院長の独自取材記事
はたにクリニック
(神戸市須磨区/月見山駅)
最終更新日:2025/09/01

父から医院を継承した羽溪優(はたに・ゆたか)院長は、「はたにクリニック」と改称すると同時にクリニックモール内へ移転開業。専門の循環器内科をはじめ、地域が求める診療に幅広く対応している。心疾患の予防や早期発見に取り組みながら、実施する医療機関が少ない心臓リハビリテーションを行っているのが大きな特徴だ。術後の再発リスクの軽減に努め、日常生活を快適に送れるよう多職種とともに機能回復をめざす。また羽溪院長は勤務医時代より多くの患者と出会い、病気だけでなく個人の内面とも深く向き合ってきたという。「当時の経験なくして、今の診療は行えません」と語る羽溪院長に、開業への思いや勤務医時代に得た学びについてを聞いた。
(取材日2022年12月1日)
父から継承後も、地域に寄り添う診療を変わらず提供
まずはこちらの医院について教えてください。

当院はもともと父が経営していた医院です。2022年に私が継承し、クリニックモールに移転開業する形で新たな一歩を踏み出しました。継承後も地域に根差した治療を行う父のスタンスは変えず、何かあれば何でも対応させていただいています。幅広く対応するために、現在は月・水・金曜日に内科と循環器内科の専門家に来てもらっていますね。また新型コロナウイルス感染症の診療や高齢の方のフレイル予防など、近年の問題に対する取り組みも始めました。さらに循環器疾患に対しては、診断・治療に加えて心臓リハビリも実施しています。運動や食事を管理して、心臓が弱った方のQOL(生活の質)やADL(日常生活動作)を、健康な人と同じぐらいに維持できるように努めています。
どのような患者さんがいらっしゃるのでしょうか?
父の代からの患者さんが約8割で、あとは健診や他院からのご紹介の方がいらっしゃいます。主な年齢層は80代と高めです。主訴は多岐にわたり、日々のお困り事以外に整形的な痛みやしびれの相談も少なくありません。私は勤務医時代に、心疾患の合併症の治療など総合的な診療に多く携わってきました。ですから当院では可能な限り網羅的に病気を診ながら、患者さんと長くお付き合いしたいと考えています。一方で当院はクリニックモール内にあるため、必要に応じて他院と円滑に連携し、患者さんに複数科の受診を提案させていただいています。
患者さんの治療のモチベーション向上のために取り組んでいることはありますか?

なるべく具体的な数字を使って現状をご説明しています。例えば生活習慣病の治療であれば、専門機関から発表されているデータも活用しながら「あなたは10年以内に10%の確率でこんな病気になる恐れがあります」とお伝え。患者さんを脅すためではなく、生活習慣病の方は自覚がないことがほとんどだからこそ、最初に状況を理解していただいた上で診療方針を提示しているのです。治療では、薬の処方だけでなく食生活や運動習慣の見直しも実施し、成果につながったら患者さんを思いきり褒めるようにしています。頑張りや成果を認められることは、治療継続の理由の一つになりますからね。
他にも診療で心がけていることがあれば教えてください。
心不全の管理時は、セルフケア指導をこまめに実施することを大事にしています。足のむくみや体重変化など患者さん自身も気づける症状については、「こんな状態になったら来てください」と具体的なタイミングについてお話しします。通院回数は増えやすいものの、入院よりは負担が少ないですし、筋力低下の予防にも一層介入できますからね。入院せずに済むよう個人に適した基準を設定し、セルフケアができているかを確認したり、わからないことがあればご説明したりして病気の管理に努めています。あと診療全般で心がけているのはフレンドリーに接することですね。
心臓リハビリなど、充実した体制で循環器疾患に対応
こちらで注力されている、心臓リハビリについて教えてください。

心臓リハビリは主に2つの目的のために行います。1つ目は心肺機能が低下した心臓に対し、運動時にかかる負荷を少しずつ慣らしていくこと。元の状態に戻すのではなく、負荷に耐えるために必要な「耐容能」の向上をめざします。2つ目は手術を受けない選択をした際に、症状をコントロールしながらADLを保てるようサポートすることです。対象疾患は中等症以上の心不全や心臓弁膜症といったほとんどの循環器疾患で、当院では理学療法士や看護師との多職種チームで一人の患者さんの指導にあたります。ただリハビリは基本的に治療後に行うものですので、予防フェーズでは病気の早期発見、治療フェーズでは心疾患の前段階である生活習慣病の治療に注力していますね。
循環器疾患の一つ、心臓弁膜症とはどういった病気なのでしょうか?
心臓にある4つの部屋を仕切り、血液のスムーズな流れを支えている弁が、開きが狭くなったり完全に閉まらなかったりして、心臓の動きが低下する病気のことです。弁の変化は病気や外傷のほか、加齢によっても起こります。主な症状は息切れや動悸、胸の痛み、足のむくみ、疲労感など。進行すると心不全を引き起こす恐れがあります。ただ自覚症状が出なかったり、「年だから」と思い込んだりする方も少なくありません。自然回復することはなく、根治をめざすなら適切なタイミングでの手術が必要となる病気ですので、気になることがあればすぐに医療機関を受診してください。ちなみに手術というと大がかりなイメージを抱きがちですが、最近は負担が少ない新技術の開発も盛んであり、コンディションが良ければ手術の選択肢が広がる可能性もあります。過剰な心配はしなくて大丈夫ですよ。
早期発見につなげることが大事なのですね。

そうですね。気がつかないまま病気が進行してしまい、手術の時期を逃してしまうケースも少なくありません。そんな気がつきにくい心臓弁膜症ですが、特有の心雑音があるため胸の聴診が大きな手がかりとなるのです。聴診で異常が見つかった場合は、エコー検査で弁の形や動きを精密に調べ、適切な診断につなげます。心臓弁膜症は40代で見つかることもありますので、ぜひ1年に1回は健康診断で聴診を受けて、異常があれば当院のような循環器を専門とする医療機関に相談しに来てください。
治療で何より重視するのは、患者の価値観や人生計画
勤務医時代のご経験も気になります。

大学病院などの他に、国内で最も高齢化が進行しているといわれる淡路島で診療した時期があります。そこで心疾患の80代の患者さんを3年ほど診ていました。一般的には「心臓の手術は大ごとだから、高齢であればやらないほうが良い」と考えがちです。しかし適切なタイミングで手術を行うことで、患者さんにさほど大変な思いをさせずに済むケースがほとんどであることを学びました。また手術をするか否かは、ご本人の価値観や残りの人生をどう生きたいかで決めるべきだということにも気づきました。一人ひとりの人生計画を踏まえ、総合的な観点から手術の適応を決定する力は、淡路島の患者さんとの出会いがあったからこそ養えたと思います。治療の方向性を決めかねている方がいれば、経験を生かしたお話をしたいですね。
まさに現在の診療につながる貴重な経験だったのですね。
そうですね。他に、心臓移植前に使用する人工心臓の治療を、神戸大学で開始するお手伝いをさせていただきました。そこでは大変な生活を送る患者さんたちとお会いし、死生観や物事に対する考え方などを学ばせていただきましたね。また恩師の言葉も大切にしています。患者さんは人生の先輩として尊敬しつつ、自分は医療者として医学の知識をもってサポートすること。さらに厳しい状況下での治療が多い循環器だからこそ、自分にできることを諦めずに探し続け、最後まで全力で治療する重要性を教えていただきました。
今後の展望と読者へのメッセージをお願いします。

患者さん自身が病気を理解し治療への意欲を高めていただけるよう、予防や啓発の機会を設けたいと考えています。地域の開業医として循環器疾患以外も診ていますので、市の事業に参画するなどして認知症の高齢患者さんにもアプローチしたいです。また当院以外に、心臓リハビリで患者さんを支えられる場を増やしたいですね。個人的に、内科の医師は病気を治すというより、悪くならないようにお手伝いする立場だと思っています。患者さんに必要な知識を共有し、自分事として病気と向き合ってもらって初めて良い結果が得られるでしょう。大病のない穏やかな生活のため、小さなことからこつこつと指導できればと思いますので、ぜひ気軽にお越しください。