小林 よりこ 院長の独自取材記事
よりこクリニック Panipani Oneness Okazaki
(岡崎市/北岡崎駅)
最終更新日:2022/04/21
伊賀町の小高い山に至る緩やかな坂道の途中に建つ「よりこクリニックPanipani Oneness Okazaki」は、訪問診療と在宅医療を中心とした緩和ケアを行うクリニックとして2021年4月に開業した。一般の民家を利用したこのクリニックは、玄関でも一般の民家同様、靴を脱いで中に入る。待合室にはグランドピアノや大きなソファーが置かれ、まるでサロンのようだ。「木々のざわめきや小鳥のさえずりに穏やかな時を過ごしていただきたいと思って作りました」と話す小林よりこ院長の医師としての一歩目は、心臓外科だった。宮古島出身の明るく気さくな小林先生が、どのような道のりを経て、在宅医療のクリニック開業へとたどり着いたのか、そこにはどのような思いがあるのかを詳しく聞いた。
(取材日2021年6月21日)
心臓外科から緩和ケア医療へ
先生のご専門は心臓外科だそうですね。
私は宮古島出身で、地域のかかりつけ医になるのが夢でした。イメージとしては、畑仕事をしていると「先生、腹が痛いんだけど」と患者さんが訪ねて来られるような診療所のお医者さん。信州大学医学部に進学したのですが、そんな診療所はたくさんありましたね。ただ、宮古島は小さい島なので救急車がすぐに到着しますが、長野県は山間部という地域柄、救急車が到着するのに時間がかかるという難しさはありました。そのため、大学病院も救急医療には力を入れていました。心臓外科に進んだきっかけとなったのは、大学5年のある夜、大学に残って勉強していた時の経験です。救急で搬送されてきた妊婦の手術で輸血が足りなくなり、大学内にいた血液型B型の人が召集される状況でした。そこへ、別のオペを終えた心臓外科の医師が手術室に入り、すぐに出血を止めたのです。そのドラマのような仕事ぶりに感動しました。
心臓外科の医師になってどんな経験をされましたか?
卒業後出産を機に夫の故郷である愛知県に移り住み、名古屋大学医学部の心臓外科学教室に入局しました。初期研修後6年間さまざまな病院で経験を積みました。手術をたくさん経験する中で、患者さん、特に高齢の方の術後について考えるようになりました。ご本人は手術に乗り気ではないのにご家族の強い希望で手術をした結果、手術は乗り切ったけれど気管切開をしたために話ができなくなり、病室で寂しそうにしている患者さんの姿を幾度か見てきました。手術が最良の選択ではないということもあるのだなあ。そんなふうに考えるようになった頃、安城更生病院の緩和ケア病棟の医師にならないかというお誘いをいただきました。
手術だけでは患者さんを幸せにできないと思うようになったのですね。
緩和ケアの経験はなかったので最初に勉強したのですが、とても良いものだと感動しましたね。心臓外科時代、すごく苦労して治療したけれど、患者さんが元の生活習慣に戻ってまた病気になるケースも多く、根本を治さない限り、同じことの繰り返しになるという虚しさを感じることもあったんです。心臓外科の医師ができることには限界があり、患者さんの日常生活まで介入することもできません。でも、緩和ケアではその人がしたいようにさせてあげようという価値観なので、食べたい物を食べさせてあげられるんです。「治すためには塩分を制御して」と患者さんに何度も言ってきたけれど、そうじゃない世界があるんだと驚きました。患者さんをなんとかしてご自宅に帰して、幸せな最期を迎えさせてあげようという緩和ケアの考え方は、私の思いにとても合っていました。
患者に寄り添うための緩和ケアをいろいろと勉強
緩和ケアの医療は、先生にとっての新境地になったのですね。
緩和ケア病棟を退院した患者さんが落ち着くまでは、毎日のように訪問診療をしていました。患者さんだけでなく、患者さんのご家族が疲れているなと思えば、ご家族のために患者さんが1週間まで入院できるシステムを利用したりしながらケアもしていました。患者さんもご家族も幸せにできる医療で、私自身も幸せになれました。緩和ケアでは伝統的にケアforケアラーという思想があります。患者さんが中心ではあるけれどもそのケアをする家族や看護師さん、ケアマネジャーさんたちも十分癒やされている必要があるという考え方です。本当にそのとおりだと思いますしとても気に入っています。自分に余裕がなければ十分なケアなどできないのです。
先生がクリニックで行っている漢方などは、緩和ケア病棟の時代に学ばれたのですか?
訪問診療をはじめ、漢方治療、音楽でのアプローチなどいろいろ勉強させてもらいましたね。患者さんの生き方に寄り添うのが緩和ケアなので、「麻薬は絶対に使いたくない」という患者さんがいれば、なんとか別の方法で痛みを取る方法を考えます。往診に行ったことで、鍼灸や漢方などいろいろなことをされている方が多いのに気づきました。薬だけが対処ではないんだなと。患者さんがそういった手段を求めるなら、医療側も知識が必要だと感じ、勉強するようになったんです。往診ではオカリナを持参して、患者さんのリクエストに応えていました。そうすると、患者さんはその曲を聞いていた頃の元気な自分を思い出して、とても前向きになるんです。音楽の力も実感し、看護師さんたちと一緒にオカリナを頑張って練習しましたね。
待合室にピアノがあるのも、そのためなのですね。
ピアノ教師をされていた末期がん患者さんは、ピアノを弾いてくださいとお願いしても最初は断っていました。ご本人にとっては、病気で以前のように弾けないこともあって人前でピアノを弾くことを遠慮されていたのだと思います。ある時、「私と連弾しましょう」とお誘いしたら弾いてくださいました。連弾がきっかけになり、それからは音楽を楽しみながら前向きに残された時間を過ごすようになりました。がんの診断から1週間以内では、心筋梗塞や脳卒中の確率が上がるため、がんと診断された時点から緩和ケアをすると余命も伸びやすいという論文もあります。がん診断後に治療を拒否していた患者さんでも、音楽を通して治療につなげることができると考えています。
心臓外科、緩和ケアの経験を生かした在宅医療
一般の民家を改装したクリニックというのがユニークです。どんな思いでクリニックを開業されたのですか?
安城更生病院にいた頃から、岡崎は在宅医療が不足している地域だと感じていたので、この地に開業することを決めました。市街地でありながらも緑豊かなこの場所がとても気に入り、一般の民家をサロンのようにリフォームし、居心地の良いスペースにしました。病院らしくないというのが大切なポイントです。訪問診療、訪問リハビリテーションをはじめとする在宅医療のクリニックですが、患者さんが健康で幸せになるためには、予防が大事だと考えています。予防医療にも力を入れ、外来では、緩和医療だけでなく予防医療を行っています。
外来ではどんな患者さんが来院されていますか?
不整脈などの患者さんもいらっしゃいますが、今の健康を維持したいという方もいらっしゃいます。私と出会った時に、もう病気が進行している場合は、とにかく少しでも痛みが取り除けるようにしますが、この人はまだ病気じゃないけど、まもなく病気になるかもしれないという状態なら、少しでも押し戻してあげたいと思っています。新型コロナウイルス感染症の流行で、昨年はうつ状態になる人が増えました。入院するほどではないけれど、仕事に行けないという人は、本当は仕事から離れるべきなんですね。病気になるというのは心とも深く関わっていて、最後に体に現れてくるので、そこに至る前で止めることが予防になります。患者さんのためになるなら、心の面からのアプローチも取り入れて緩和ケアや予防医療に役立てています。
先生の在宅医療に対する思いをお聞かせください。
医療機器も進化し、ご自宅でも可能な処置が増えました。そういう意味では、私は点滴や管の処置もできますから外科的なことが学べる環境にいたことは良かったと思っています。胸に水がたまって管を入れていた入院患者さんが、ご家族の強い希望により、管を外してご自宅に帰られたことがありました。余命わずかな患者さんにとって、水がたまるかどうかは大事ではありません。亡くなる前の貴重な数週間を管をつけたまま病院で過ごすのではなく、家族に囲まれて好きなものを食べて過ごせたことは幸せだったと感じる方もいらっしゃいます。私は在宅医療ができることを幸せに思っていますし、緩和ケアの道に進んで本当に良かったと思っています。