菊池 智津 院長の独自取材記事
抜弁天クリニック
(新宿区/若松河田駅)
最終更新日:2024/03/11
若松河田駅に程近い「抜弁天(ぬけべんてん)クリニック」は、女性を中心に幅広い年齢層の患者が訪れるクリニックだ。院長の菊池智津(きくち・ちづ)先生は明るい笑顔が印象的。「町のかかりつけ医」をモットーに、診察では丁寧に話を聞き、時間をかけて指導。また、専門の内科にとどまらない、病気の裏に潜む精神面の要因を探り出す診療に努めており、内科と精神科の連携を図る勉強会も定期的に開催。そうした多忙な中でも休診日には訪問診療を精力的に行い、患者のために労力を惜しまない。こうした姿勢が患者との間に家族のような深い信頼関係を築き上げるのだろう。患者のため、地域医療のために活動を続ける菊池院長に、認知症の勉強会や訪問診療でのエピソードなどを語ってもらった。
(取材日2024年1月18日)
訪問診療は「病気ではなく患者を診る」診療
まずは、先生が医師を志したきっかけを教えていただけますか?
小学生の頃に家族が腹痛で苦しんでいた時、てきぱきと処置をする医師の姿を見たことがきっかけです。世の中のためになって、自分が誇りを持てる仕事だと子ども心に感じました。ですから、医師というのはとても大変な仕事ですが、それ以上にやりがいも大きいと思います。私がめざしたのは大きな病院のエキスパートではなく「町のお医者さん」。学生時代から長く住んできて、2人の子どもの子育ても見守ってくれたこの地で、医師として地域に貢献していきたいと思っているんです。
クリニックづくりではどういった点にこだわりましたか?
今は車いすの方が通院されるのは一般的なことですから、玄関には段差をなくし、トイレも跳ね上げ式の手すりをつけてバリアフリーにして車いすのまま入っていただけるようにしました。患者さんのプライバシーをいかに守るかにもこだわりましたね。そこで考えたのが部屋にパーティションを使わないということ。大規模病院をはじめ、医療施設の多くは診察室をパーティションで区切っていますが、その場合、話し声が外に全部聞こえてしまうんです。町のクリニックには近所の方がたくさん来られますし、近所だからこそ余計に家の中のことなどは聞かれたくないでしょう。ですから、部屋ごと全部壁で区切って密室にしています。診療では病気のことはもちろん、世間話もよくしますよ。旦那さんの悪口とか(笑)、子育ての大変さとか、同じ主婦の立場として愚痴を聞いたり共感したりすると、それだけで気分が晴れることもあると思います。
訪問診療にも精力的に取り組まれているそうですね。
もともと当院の患者さんで通院が難しくなった方のところに歩いて行ける範囲で診療しています。「最期は先生に見てほしい」とおっしゃっていただいたり、中には死に化粧をお願いされたりと、家族のように親しくお付き合いさせてもらっていますね。訪問診療では患者さんのお宅に上がるわけですから、その人の背景が見えてきます。生活全般も見ながら診療しますから、まさに「病気ではなくて患者を診る」ですね。それは訪問診療の好きなところでもあります。患者さんの愚痴や世間話を聞いたり、帰り際に「これを持って行って」とおやつを持たせてくれたり、私のほうがパワーをいただくこともあります。今は行ける範囲や曜日が限られていますが、これからも訪問診療は続けていきたいですね。
内科と精神科と連携を図る勉強会を発足
精神疾患の勉強会も熱心に行っていらっしゃいますね。
実は内科の患者さんで、うつ病などの精神疾患を抱えている方は多いんです。うつ病以外にも身体表現性障害という原因不明の痛みが続く精神疾患もよくあります。当院は甲状腺疾患も扱っていますが、これもやはりメンタルな問題と関係していることがあります。このように内科と精神科はつながりが深く、内科医も精神疾患についてもっと知る必要があるのに、以前はそういった勉強会がほとんどありませんでした。そこで「これは私がやらなければいけない」と思い立ち、考えを共有してくれそうな先生に個別にお声をかけ「勉強会をしてもらえませんか」とお願いし、ご賛同いただいてスタートしました。勉強会を開くことで、内科の先生に精神疾患の知識を持ってもらえますし、精神科の先生ともつながりができます。勉強会の企画・実行は大変ですが、周りの先生たちに病気や薬に関する知識が広まれば、地域の患者さんに還元できるという思いで続けています。
児童心理相談も行っているのでしょうか。
以前、夫のアメリカ留学に伴って一時期ニューヨークに住んでいたのですが、その時に知り合った心理カウンセラーの久保田須磨先生が児童心理相談を行う場所を探していたので、休診日にこの場所を提供していました。現在は休止中ですが、再開する時はまたお知らせしたいと思います。今、情緒障害のお子さんはとても増えていて、勉強についていけなかったり、コミュニケーションがうまくいかなかったりして不登校になる子が学年にも数パーセントの割合でいるといわれています。また、小学生から思春期にかけてのうつ病や、強迫性障害も少なくないですね。就学した頃からさまざまな兆候が出始めます。しかし、児童精神科の医師が足りず対応できる場所が少ないんです。私は直接関わっているわけではありませんが、もしお子さんについて悩んでいらっしゃる方は一度相談してみてはいかがでしょうか。
認知症については、各医療機関との連携体制を重視しておられますね。
新宿区では東京医科大学病院がよく知られていますが、最近は東京新宿メディカルセンターや東京女子医科大学といった近隣の大きな病院でも認知症患者のフォロー体制が整い、当院ではそういった医療機関と勉強会を通じて関わりを持ち、常に連携を取れるようにしています。地域の医師会で勉強会をしてもらったり、反対にこちらが出向いたりすることもありますね。そうしてどんどん顔つなぎをすることで、患者さんを紹介できるようにしているんです。認知症で家族が一番つらいのは、徘徊や妄想などの認知症の周辺症状(BPSD)です。内科の医師も精神科の医師も、もっと自分たちから関わっていかなければならない問題ではないでしょうか。私自身、忙しくてなかなか行動を起こせていないのですが地道に活動しています。
医療のプロとして、患者が病気と向き合う手助けを
スタッフは皆さん女性なんですね。
男性スタッフを受け入れないわけではないのですが応募自体があまりなくて(笑)、結果として全員女性スタッフになりました。みんな性格がすごく良い子たちで、患者さんへの接し方もやわらかいですね。私に注意されることも多いのですが、患者さんにはいつも笑顔で応対してくれているので、そこはいつも褒めています。
診療の際に心がけていることは何ですか?
当院に来ていただいている患者さんの5年後、10年後が、他の病院にかかった場合とどれくらい違うのかは比べようがありません。だからこそ、その人の10年後がより良い人生となるよう、私たちが医療のプロとして細かくアドバイスしながら診療することが大事です。そうすることで合併症などを引き起こす確率を下げていきたいですね。それと同時に、医師任せではなく、患者さんご自身で自分の病気と向き合ってもらえるように意識を変えていくことも私の役割だと思っています。その成果なのか、ここに来られる患者さんは皆さん真面目に血圧などを測ってきて、ご自身の健康をきちんと管理しようとする方が多いんですよ。
最後に、クリニックから読者にメッセージをお願いします。
今は情報があふれる社会ですから、体の不調があればまずインターネットで調べる方も多いと思います。ただ、誤った情報や、インターネットで見た症状と似ていても実は重い病気が隠れていた、という場合もありますので、自己判断は危険です。われわれ医師は患者さんの状態を診た上で、基礎疾患や合併症などのさまざまな可能性を視野に入れながら診断していきます。「この症状があるからきっとこの病気だ」と決めつけるのではなく、一度受診や検査をして、医師の意見も聞いていただければと思います。医療費を払っているのは患者さんご自身なのですから、それを無駄にしないためにも、病気や医師ときちんと向き合ってほしいですね。