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竹花 昌己 院長の独自取材記事

きくなエミールクリニック

(横浜市港北区/菊名駅)

最終更新日:2021/10/12

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JR横浜線・東急東横線の菊名駅を最寄り駅とする「きくなエミールクリニック」。西口から徒歩5分という至便な立地ながら周囲は静かな環境で、ゆったりとしたソファーが置かれたくつろげる空間が来院者を迎える。院長の竹花昌己先生は、親しみやすい朗らかな笑顔で明るく話す、女性医師。妊娠をきっかけに勤務していた病院を辞職したが、好きな仕事を続けたいと2018年8月、開業した。勤務医時代に培った経験はもちろん、自身の思春期の葛藤や妊娠、育児の経験を生かし、女性患者のみならずあらゆる年齢層の患者に寄り添い、地域に密着した医療を提供したいという。開業間もない多忙な中、精神科の医師をめざした経緯から将来の展望まで、幅広く話を聞いた。

(取材日2018年8月10日)

心療内科をメインに、幅広い世代の患者に対応

まずクリニックについてお伺いしたいのですが、特徴を教えていただけますか。

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心療内科をメインに、精神科、内科にも対応しています。心療内科、精神科の治療は、内科的治療と切り離せない部分もありますので、頭痛やめまいといった体調不良を改善するための治療や、ビタミン剤の投与、インフルエンザなどの予防接種も行っています。また、私自身が女性ということもあり、月経や更年期、出産、育児など、女性特有の不安やストレスのご相談もしやすい環境だと思います。婦人科ではないので、女性ホルモンの補充療法やピルの処方はできませんが、患者さんの体調や症状に応じた治療を行います。また必要であると判断すれば、専門の医療施設へご紹介をさせていただいています。

開業までの経緯をお聞かせください。

帝京大学医学部を卒業後、母校の付属病院の医局で研修医を経て、東京武蔵野病院に勤務しました。精神科の医師として、医療現場で幅広い症例や患者さんに対応し経験を積み、知識と実績を身につけたかったからです。急性期の患者さんを担当し、過酷な場面に遭遇することもありましたし、病棟の入院患者さんも診ていたので、本当に貴重な経験をたくさん積むことができました。病院を辞めたのは妊娠をしたからなのですが、やはりこの仕事が好きだったので、出産後の復職を考えていました。クリニックなら患者さんに近く、寄り添った治療ができますし、自分の経験を生かすこともできます。運命的なチャンスに巡り合えたと感じ、開業を決めました。

この場所を選んだのはなぜですか。また、どのような方に来院していただきたいとお考えですか。

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最寄り駅である菊名駅は2つの路線が乗り入れていて利便も良く、さまざまな企業も点在していますし、古くから住宅地として開発されてきたので、幅広い年代の方が住んでいる土地でもあります。そういった多くの人が集まるエリアにも関わらず、心療内科や精神科が少ないんです。隣駅の大倉山にとても仲の良い子が住んでいたので、よく遊びに来ていてなじみのある街だったこともあり、地域に貢献したいという思いも重なって、この場所で開業することにしました。誰しも、人に言えない悩みを持っていると思います。それを1人で抱え込んでしまっていたり、誰にも相談できずに思い詰めてしまっていたりする方を、少しでも長くフォローしたい。ですから年齢や性別に関わらず、幅広い方に来ていただきたいですね。

患者の家族をフォローするのも、重要な役割と考える

先生が医師をめざしたきっかけを教えていただけますか。

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母の影響ですね。幼い頃から「男女の差がなく働けるのは、医師か弁護士しかない。だからあなたは医者になりなさい」と言われていたのです。ただ、娘の私から見ても母はとても忙しい人でしたから、すれ違いの生活をしていて、うまくいっているとは言いがたい親子関係でした。思春期の頃はそれを思い悩んでいたこともあり、漠然と精神科の医師をめざしていましたが、最終的に進路を決定づけたのも母でした。自分の身を顧みずに働いていたので、体を壊してしまったのです。当時、私はまだ学生で、医学部に通いながら心身ともに衰弱していく母の看病に明け暮れていました。でも、その母と過ごした時間のおかげで、初めて心を通じ合わせることができたように思うのです。残念ながら母は亡くなってしまいましたが、その経験が決定打となり、精神科を専門に選びました。

ご自身の経験が、現在に生かされているのですね。

そうですね。母も闘病中に抑うつ状態になりましたし、亡くなる直前には認知症の傾向もありました。ですから自宅で治療をされている、あるいはご高齢者がいらっしゃるご家族の苦労もわかります。ご高齢者の場合は、年齢相応の物忘れなのか、病気を疑わせる症状なのか、最初はなかなか判断できません。ですから、ご家族の気づきはとても大切です。少しでも「もしかしたら……」と思うことがあれば、抱え込まずご相談ください。また、周囲の方をフォローするのも私たちの役割だと考えています。患者さん本人もおつらいでしょうが、それを介護する方が最もつらく、いつの間にかご家族が病んでしまうケースも多いのです。

では思春期のお子さんを持つ方に、アドバイスをいただけますか。

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やはりご家族が気づいてあげることが大事ですね。最近の若い人たちは精神科に対するハードルが低くなってはいますが、それでも、まだ他人には言いづらく、思い悩んでいる子どもは少なくありません。自分でSOSを出せる前向きな姿勢があれば良いのですが、それができないばかりか、自分でも気づかずに追い詰められてしまうのが一番怖いのです。ですから、周りの方が気づいて、少しでも早くご相談いただくことが重要です。これは思春期に限ったことではありません。年齢を問わず周囲が気づき、まずはご家族が心療内科など、専門機関に相談する。そこからのスタートでも良いのです。なんでも相談できる窓口として、気軽に当院を利用してください。

1人で抱え込まないで、いつでも気軽に来てほしい

個性的な院名とシンボルマークですが、どのような由来があるのでしょうか。

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院名はドイツの精神科の研究者、エミール・クレペリンに由来しています。心療内科がメインということもありますし、優しい響きで、覚えやすいと思ったのです。また、トンボをシンボルマークにしたのは、通っていた小中学校のシンボルもトンボだったからです。トンボは害虫を食べるし、成虫になって美しく羽ばたくので、そういう大人になってほしいという意味があると聞いたことが、とても印象に残っていたのです。いくつかあったデザインアイデアの1つだったのですが、何か運命的なものを感じて(笑)、即決しました。

今後取り組みたいことなど、将来の展望をお聞かせください。

やりたいことはたくさんあります。どんな時に、どんな患者さんが来ても診察ができ、地域に貢献できるクリニックであること。それが目標です。そのための体制を整え、私自身も知識の構築や情報収集を怠ることなく、努めたいと思っています。

では最後に、読者へのメッセージをお願いします。

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私たちは、いつでも患者さんの心に寄り添いたいと思っていますし、ご相談いただくことで視野が広がることもあります。私も母との間に葛藤はありましたが、最後には和解できて、つらい経験がプラスになりました。けれども、もっと早い時期に誰かに相談できれば、母との楽しい思い出がもう少しつくれたかもしれません。そんな経験を持っているからこそ、皆さんにお伝えしたいのです。1人で抱え込まないでください。何かに悩んでいる人は、必ず「自分は孤独だ」と感じてしまいます。「こんなに苦しんでいるのは私1人で、誰も理解してくれない」と思ってしまうけれど、そんなことはありません。あなたの悩みを聞き、理解し、一緒に考える人がいる、その場所があることを知ってほしいのです。茶飲み話でもするような感覚で、気軽に来ていただきたいですね。

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