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苅田 典生 院長の独自取材記事

脳神経内科くすのき診療所

(神戸市中央区/神戸駅)

最終更新日:2020/02/05

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神戸駅から徒歩5分、神経内科が専門の「脳神経内科くすのき診療所」がある。院長の苅田典生(かんだ・ふみお)先生は神戸大学に長年勤め、神経内科の診療と後進育成に尽力してきた。2017年5月、街に大学病院と同レベルの神経内科診療を提供するクリニックをつくりたいという思いで開院。医院名の「くすのき」も、神戸大学医学部がある楠キャンパスに由来し、苅田先生の想いが込められている。神経内科領域の疾患はパーキンソン病や多発性硬化症、重症筋無力症やアルツハイマー病など、患者の生活に大きな影響を与える場合が多いが、「患者と一緒に悩み、喜びや悲しみを共有したい」と言う苅田先生は心強い相談相手になってくれそうだ。開院の経緯から、診察の流れ、神経内科を志したきっかけまで話してもらった。
(取材日2018年10月30日)

めまい、震え、しびれ、けいれんなどでの来院を

開院の経緯を教えてください。

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開院の一番の理由は、神経内科を専門とするクリニックを利便性の高い駅前につくりたかったからです。これまで神戸大学で診察してきて、患者さんがいろんな科のクリニックを転々とし、大学病院でようやく神経内科にたどり着く様子を見てきました。どこに行っても原因がわからず「精神的なものでは?」とさえ言われている、神経内科難民とも呼べる患者さんたちです。なぜこういうことが起こるかというと、町中に神経内科を専門とするクリニックがないから。いきなり大学病院に行くのは大変だけど、近くにあるなら行ってみようかと思えるかもしれない。だからとにかく地域につくって、自分の症状に気づいた方が気軽に受診できる場所にしたかった。地域と大学病院の懸け橋になれたらと思っています。

そもそも、どういう症状で神経内科にかかるのでしょうか?

しゃべりにくい、歩きにくい、めまい、震え、力が入らない、物忘れが多い、頭が痛い、しびれ、けいれんする、意識がなくなる。こういった症状があったら来てください。一般に神経内科はあまり知られていませんが、脳や脊髄、末梢神経、筋肉などの病気を診ています。頭痛などでも重大なものとそうでないものがありますから、きちんと区別していくのが神経内科の医師の仕事です。当院に来る方は意外に近隣にお勤めの世代の方で、頭痛の訴えが多いですね。ほとんどは片頭痛や緊張型頭痛ですが、重篤な病気が隠れていることがあります。パーキンソン病や多発性硬化症などの神経難病の方もいらしています。

診察はどのように行われますか。

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初めに5〜10分ほどかけて患者さんのお話を伺います。次は検査ではなく診察をするのですが、これが重要なポイント。脳は末梢神経を介して全身を支配する臓器ですから、手がしびれるという症状でも手の神経の病気の場合もあれば、首かもしれないし脳かもしれない。診察によって、どこが症状を引き起こしているのかを見極めていきます。これを局在診断といい、神経内科において非常に重要です。握力計、ハンマー、音叉、爪楊枝などを使いながら診察し、結果を踏まえて初めて必要な部分の検査を行うのです。じっくりやるので初診の方は時間がかかります。少なくとも20〜30分、時には1時間かかることもありますので十分に時間を取っていらしていただきたいと思います。

患者とともに悩み、喜んでこそ医師の存在意義がある

開院して大学病院にいた頃と変わったことはありましたか?

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僕はここに週6日いますから、いつでも来ていいよと言えるのは大きな違いかと思います。患者さんとの距離が非常に近くなりました。症状が悪くなった患者さんが連絡をくれたら、すぐに診られますし、反対に帰った患者さんのデータを見ていて気になることがあれば、もう一度来てもらえないかと打診することも。僕はとにかく臨床の現場が好きなんです。神経内科は難しい科だと思います。神経難病の方は病気だけでなく生活の問題も抱えますから。けれど、患者さんの悩みを聞いて、一緒に悩んで苦労して、ちょっとでも良いことがあれば喜んで、うまくいかなかったら悲しんで。難病の厳しい状況は確かにありますが、患者さんと一緒に喜んだり悲しんだりできるのは、医師としてかけがえのないことだと思いますし、だからこそ医師がいます。AI(人工知能)には決してできないことですよね。

患者さんと接することが先生にとって大切なんですね。

大学を辞める時に他にも選択肢があったと思いますが、僕はどうしても、患者さんとふれあう場が欲しかったのです。とことん医師として生きていきたいですね。僕は一人ひとりの患者さんにとってベストの医療をやりたいと思っています。そのためにはこれからも学び続けないといけません。今も毎週、大学病院に行って、外来や病棟の患者さんたちを診せてもらいます。若い医師たちと一緒に診ていると、いろいろ教えてくれるんです。最新の治療や検査など、新しく知ることが多くて勉強になります。最近は忙しく、なかなか学会に行けないのが悩みなのですが、今後も時間をつくってブラッシュアップし続けたいと思います。

ところで先生はなぜ神経内科の医師になられたのですか?

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解剖実習で脳を見たときにものすごくきれいだと思ったんです。しかも、前頭葉や頭頂葉などの見た目は同じなのに、違う働きをしている。人間の体の中で一番の宝物のような大事な部分で、脳はおもしろいなと。僕は外科に進むつもりはなかったので、脳外科ではなく神経内科をめざしました。ただ、当時の神戸大学には神経内科がなかったので、大学で1年間研修医をしたあとは、神経内科で知られる先生がおられた北野病院で研修をしました。僕は北野病院の先生に出会って、心から感動したんです。こういう先生になりたいと思った、非常に重要な出会いでした。研修期間が終わった後は、三田にある兵庫中央病院へ。ここでは2年間、筋ジストロフィー症という病気にじっくりと向き合うことになります。患者である子どもを親御さんが支える姿を見て、非常に感銘を受けました。この病気の仕事を一生やりたいと強く思ったんです。

地域にあるクリニックとして最初に受診できる窓口に

東京やサンフランシスコにもいらしたとか。

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兵庫中央病院のあと、東京大学医学部神経内科に行かせてもらいました。当時の関西は神経内科の医師が多くなかったため、この分野で活発に臨床や研究をしているところに行きたかったんです。当時東京大学には、後に全国の神経内科で活躍する先生が一堂に会していて、たった1年でしたが大きなインパクトを受けました。そして、サンフランシスコでの留学や兵庫中央病院を経て、神戸大学に戻ります。戻ってからは臨床と教育に一生懸命です。僕が若い頃に東京に行かせてもらったように、若い人をどんどん関東に送りました。みんな頼りになる医者になって帰ってくれましたよ。当時は県内の病院に神経内科の医者はほとんどいなかったので、育てていかないといけません。県内の病院に非常勤で入って、神経内科の外来診療を立ち上げ、常勤医師を派遣して病棟診療してもらいました。すると神経内科が次第に浸透して、ついには神戸大学にも神経内科ができたんです。

学生や研修医の教育に力を入れてきたのですね。

2010年、神戸大学医学部附属病院は、卒前・卒後の臨床教育を一括して担う総合臨床教育センターをつくることになりました。僕はセンター長をやらせてもらい、神経内科のことに加えて卒前・卒後教育の改革もできて、非常に楽しかったですね。センターの体制が整って、僕は次に何をするかと考えたときに浮かんだのが、地域で神経内科をやりたいということでした。当院は教育の場でもありたいと思っています。医学部を卒業した先生方には、当院で臨床の経験を積んでもらうようにしたいと考えています。ゆくゆくは難しい症例をみんなで話し合って、より良い治療をできる場になりたいというのが、僕の最後の夢です。

最後に読者へメッセージをお願いします。

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インターネットでいろいろ調べてから受診する人も多いと思うのですが、僕がぜひお伝えしたいのは、「あなたのお話はネットには書いていないですよ」ということ。状況は一人ひとり違うのですから、まずは当院に来ていただいて、お話を聞かせてください。これまでは神経内科があるのは大学病院が中心で、いろんな科を受診したあと最後にたどり着く砦でした。ですが、駅から近い場所にクリニックを出しましたから、よりハードルを低くし、最初に受診できる窓口になりたいと考えています。この症状はどうなのかなと思ったときには、遠慮なく来てほしいと思います。

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