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北野 裕巳 院長の独自取材記事

サン・キタノクリニック

(渋谷区/恵比寿駅)

最終更新日:2020/04/01

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JR山手線・埼京線・東京メトロ日比谷線の恵比寿駅より徒歩5分圏内の場所にある、「サン・キタノクリニック」。院長は二代目の北野裕巳先生。上部消化器の疾患を専門とし、内科と外科の両方の観点からの診療で、地域住民の健康をサポートしている。北野院長は帝京大学を卒業後、順天堂大学医学部附属順天堂医院などで消化器を中心とした手術の経験を積んできた。同院には2016年4月から勤務し、9月に本格的に院長に就任したという。「サン(太陽)のように、患者たちに元気で輝いていてほしい」という先代の北野善昭前院長の願いが込められた同院を継いだ気持ちや患者への思いを聞いた。
(取材日2017年2月6日)

大好きな父のようになりたいと医師の道へ

院長のご経歴を教えてください。

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2006年に帝京大学医学部を卒業後、外科手術件数が多いことでも知られる順天堂大学医学部附属順天堂医院で2年間の初期研修を受けました。その後、食道がんをメインで診る外科に入局し、外科専門医資格を取得するために順天堂大学医学部附属練馬病院や越谷市立病院などに勤務し、さまざまな症例の手術に携わってきました。心臓血管の外科や呼吸器外科、小児外科などでも経験を積みました。順天堂大学大学院を修了後は、得た知識を後輩と共有し、手術を共にする日々も過ごしたんですよ。しかしながら一昨年の10月、父が病気を患っていることがわかりました。そのため私も当院で診察にあたることを決心。それが2016年4月です。父は体調を崩しながらも、体力ぎりぎりまで仕事をしたいと努めていたのですが、昨年の9月1日から私が正式に院長に就任しました。その直後、父は亡くなりました。

約4ヵ月間は、前院長と一緒に働かれていたのですね。

父は抗がん剤の治療をしながらも、ほぼ毎日診療を続けていましたね。その間は、本当に勉強になりました。隣り合わせの診察室でそれぞれ患者さんを診ていたのですが、迷うことがあればすぐに相談することができました。学んだことはいっぱいありますね。父は、あれこれ言う人ではないんですよ。上部消化器を専門にすることを選んだと報告した時も、「いいんじゃない。頑張れ」と応援してくれました。ちなみに、その時に初めて、父も上部消化器が専門だったと知ったんですよ。なぜか、ずっと下部消化器だと思っていたので、たまたま同じことを選んだことに驚きましたね。

医師になろうと決めた時も、ご自分で決めたのですか?

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私は男3人兄弟なのですが、誰も父から「医師になれ」とか言われたことはなかったんですよ。でも、3人の中でたまたま私が同じ道を選びました。最近気付いたのですが、小学校の卒業文集には医師になると書いていたんです。きっと、父が大好きだったからだと思います。人としてもね。だから、父のようになりたいという気持ちがずっとあったんでしょう。また、医師としてもすごいと思った記憶もあります。あんまり言いたくないのですが、お尻におできができたことがありましてね(笑)。痛い痛いと言っていたら、父が勤務先の病院に連れて行ってくれ、そのまま切って治してくれたんです。痛みがなくなった瞬間、父はすごいなと思いました。勤務医で外科の医師でしたから毎日遅かったのですが、たまに遊んでくれる楽しい父も大好きでした。

病気ではなく人をみる

現在の患者層を教えてください。

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高血圧や糖尿病、コレステロール値が高いなどの症状がみられる年配の方が多いですね。父の代から検査機器が充実しており、レントゲンだけでなく、超音波器機や内視鏡検査機も導入していますので、検査を受ける方もいらっしゃいます。超音波でお腹を見れば、肝硬変や肝臓がんはもちろん、胆のう結石、腎臓、前立腺や膀胱の異常などの発見にもつながります。内視鏡では食道、胃、十二指腸、大腸の検査もしています。外科に勤務していた頃は、検査、放射線治療など何でも自分達の科でやりました。また、手術後などに血圧など全身管理もしてきました。そうした経験は生かせますね。それから、近くの保育園などでけがをしてきたお子さんが運び込まれ、縫合などをすることもあります。そういった時は、外科の経験が役立ちうれしいですね。

患者さんとのコミュニケーションなどは勤務医時代と違いますか?

コミュニケーションにおいては変えていないつもりです。病気だけをみたいわけじゃありませんからね。患者さんをみたいと思っているので、その方のバックグラウンドとかも知った上で治療していきたいと思っています。例えば糖尿病の80代や90代のおばあちゃんが、他の患者さんと同じように定期的に通院できるかといったら、それはなかなか難しいことです。家族の分まで食事を作らないといけない方と、そうでない方では、食事療法の大変さも変わってきます。そういうことを踏まえた診察をするには、丁寧なコミュニケーションが大切ですね。勤務医時代は朝から晩まで働きながら、全身を丁寧に診る経験を積みました。それが役立っていますね。

やりがいを感じることはどんな時ですか?

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多くの患者さんは生活習慣病に関する症状の方が多いので、そんな患者さんの生活レベルを落とさないよう、脳梗塞や心筋梗塞などを予防するために、糖尿病や血圧をコントロールしてさしあげるのが私の今の仕事です。そういう中で、ありきたりですが「ありがとう」と言っていただけるのがうれしいですね。また、父の代から今もなお続けて通院してくれる方もいらっしゃるのはありがたいですね。もともと母方の祖父が近所で開業していたので、「あそこのお孫さん」とか、「あそこの息子さん」と言っていただけるのも、うれしく思います。

不安を解消するための引き出しを開ける

お忙しい毎日だと思いますが、お休みの日はどのようにお過ごしですか?

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幼稚園から大学まで、サッカーをやっていました。今はなかなかできませんが、たまにフットサルに行くこともあります。また、「皇居ラン」が多いかな。家を出発して皇居をぐるっと回って、ちょうど10キロくらいを走るのが趣味ですね。走っている間はいろいろ考えていますね。仕事のことを考えることもありますよ。意外と、走りながら考えた方がクリアになることもあるんです。それから、筋トレもしています。医師になって思うのは、知力や技術力より体力が何より大事だなということ。鍛えているからか、私は風邪を引かないんです(笑)。

現在も、手術には携わっていらっしゃるそうですね。

週に1回、外部の病院で当直をさせていただき、手術に携わっています。正直言いますと、外科の医師としては、大学などいろいろな人が出入りする環境でもう少し長く経験を積みたかったという思いはあります。医師は経験がものをいうと思いますからね。父も、「まだ早いよな」と言ってくれていました。だから、今も勉強会に行くことはもちろん、外部の病院でいろんな先生と一緒に仕事をし、たくさんの患者さんを診ています。それを、この地域に還元していきたいですね。

最後にメッセージをお願いします。

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父は、私が医学部に入ってから当院を開業しました。母からは、私に継いでほしいという思いが父にあったと聞いています。3人兄弟だったこともあり、父親としては厳しい面もあった前院長ですが、患者さんにはすごく優しかった。今も、父の写真をおがんで泣く患者さんがいらっしゃるんですよ。私も父のように、優しく、いいお医者さんだったねと言われるような医師になることが目標です。そのためには、患者さんの話に丁寧に耳を傾け、一つでも引き出しを開けてさしあげたい。だから一人で悩まず、気軽に相談に来てください。もし大きな病院に行くことになっても、そこでどんな検査や手術をするのかを話してあげられるのも強みです。父の代から続いている充実した検査も引き継ぎ、地域の方を守っていきます。患者さんには「お父さんに負けてないよ」と言われることもあるんですよ(笑)。とってもうれしいですね。

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