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大谷 肇 院長の独自取材記事

香里ヶ丘大谷ハートクリニック

(枚方市/枚方公園駅)

最終更新日:2019/08/28

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3科目の診療所と調剤薬局、サービスつき高齢者住宅を内包する医療モール「メディカルヒルズ香里ヶ丘」内にある「香里ヶ丘大谷ハートクリニック」は、内科・循環器内科の診療を行う。院長を務めるのは関西医科大学附属病院で30年以上にわたり、循環器疾患の診療に従事してきた大谷肇先生。循環器の専門科として、クリニックでは希少な心臓機能の回復を目的とする「心臓血管リハビリテーション」を行うほか、生活習慣病の改善にも力を注いでいる。研究が中心だった大学病院時代から一転し、地域と密接に関わることを選択した大谷院長に、この地でめざす医療などを聞いた。
(取材日2018年4月9日)

地域に根差して、循環器の専門的な医療を行う

こちらに医院を構えられたのは2014年だそうですが、先生は枚方のご出身なのですか?

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いえ、出身は神戸なんですよ。1973年に関西医科大学に入学したのを機に、こちらの京阪沿線のエリアに移り住みました。滝井や香里園駅の周辺などに住んできて、今はこの近くで暮らしています。神戸よりも、こちらで暮らしている時間のほうがずっと長くなり、もうここが自分の地元だと思っていますね。街は静かで、人々はフレンドリー。それに大阪の中心部に出るのも30分くらいと、便利なんですよ。私が移り住んだ頃の京阪沿線は、まだ下町風情が強く残っていましたが、最近は都市化され、ずいぶんと洗練されてきていますね。開院するのにこの場所を選んだのは、そんな思い入れの深い街だからというのが大きな理由です。

独立して開院されようと思ったきっかけと、こちらで展開する医療を教えてください。

それまではずっと関西医科大学附属病院にいたのですが、大学での仕事が一段落しまして、医師としての第2の人生に開業を決めました。大学に勤めていた頃と比べれば、生活も含めて環境は大きく変わりましたが、やりがいや楽しみも多くあります。私は循環器が専門ですので、この地域に根差した専門的な医療を行っていきたいと考えています。大規模病院に行けば専門的な医療は受けられますが、そのために遠くまで行く必要があったり、病院で何時間も待たされることがあります。そういった肉体的、精神的な負担をできるだけ軽減して差し上げたい。患者さんにとっては自分が住んでいる街で、すぐに診てもらえることはメリットだと思います。入院治療が必要になった場合は、ほかの大きな病院をご紹介させていただいています。

こちらで行っている治療で、特徴的なものは何ですか?

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心臓血管リハビリテーションを行っていることです。循環器に疾患をお持ちの患者さんは心臓に負担をかけないよう、安静にと思われがちですが、そうではありません。適度な運動を行うことで、弱った心臓の機能を回復させることが期待できます。当院では運動療法を指導する専門スタッフが患者さんに合ったプログラムを作成し、それにのっとって運動強度などを決めて、心臓の状態を診ながら進めています。薬だけの治療には限界があり、心臓血管リハビリテーションは薬以上に効果が見込めるといわれています。これを行っているのはほぼ大規模病院で、一般のクリニックでは少ないでしょう。大きな病院で受けられるのは、どうしても月1回程度になってしまい、それではあまり意味がないと考えています。最低でも週に1回、できるなら2〜3回と受けていただいたほうがいいですね。

自身も悩んだ経験から、生活習慣病に力を入れる

そのほかには、どういった治療に力を入れていらっしゃいますか?

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生活習慣病ですね。「テーラーメイド医療」という言葉を掲げて、診療にあたっています。一言で生活習慣病といっても千差万別で、病気の状況は人それぞれで違うんですよ。それぞれの患者さんの病態に合わせて薬物治療と運動療法を組み合わせて行っています。画一的な治療は10〜20年と長い目で見た場合に、患者さんにとってはあまりいい治療とはいえません。今この場で血圧や血糖値が下がればいいなどといった、その場しのぎの治療ではなく、患者さんの10〜20年後を見据えた治療をしていくことが大事だと考えていますので、そのために個々の病態に合わせた治療法を検討しながら進めるようにしています。

先生はなぜ、生活習慣病に着目されたのですか?

実は両親が糖尿病で、私自身も糖尿病に悩んでいたんです。40代の終わりくらいでしたかね。当時は大学病院に務めていて、非常に忙しくて不規則な生活をしていました。食事も食べたいものを食べていましたし、今よりも体重が10kg近く多かったんです。検診は毎年受けていて、その際は食事を取らずに受けます。空腹時の血糖値は問題がなかったのですが、ある時うっかりご飯を食べて健診を受けたところ、血糖値が200を超えていました。どんな状態でも血糖値が200を超えるのは、糖尿病の疑いが強いです。そこから生活習慣を正すように心がけて、現時点ではまったく正常値に収まり、薬も飲まずにコントロールできています。

糖尿病は、どのような徴候が現れたら危険なのですか?

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やはり、体重が増え始めてきたら危ないですね。それと体質。血のつながったご家族に糖尿病の体質の方がいらっしゃったら、遺伝しますので危険といえますね。そういう方が40歳を過ぎて太り出したら、これは危ない。どんな病気ももちろんそうですが、糖尿病も早くに発見することが大事です。早期にはまったく症状がありませんので、それを見過ごして長く時間がたつと手遅れになりかねません。今、失明の原因で一番多いのは糖尿病といわれていますし、腎臓が駄目になって透析が必要になる原因も糖尿病です。そうならないためには早期発見、早期治療が一番大事です。糖尿病は予備軍を含めれば、2000万人の患者がいるといわれています。ご心配なことがありましたらご相談ください。

病気を診るのではなく、患者の人生を見る

先生はなぜ、医師になろうと思われたのですか?

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父親が神戸で開業していたこともありまして、職業としての医師を近くで見ていました。当時は救急病院も少ない時代でしたから、風邪から救急救命処置が必要になる患者さんまで、父はすべてを診ていました。昼も夜もなく働く姿を見て、自分も人の命を救いたいと思ったんです。私は医師になって最初は、心臓外科に入局しました。心臓の手術は最も患者さんの命に直結していて、手術で患者さんの命を救いたい。そういう気持ちが強くあったんです。50歳くらいまで心臓外科を続けていましたが、さすがに体力的にも落ちてきたので内科に移りました。父は私が大学を出て間もなく亡くなりましたが、ずっと尊敬の対象でした。今も父の遺志を継ぐような気持ちが、自分の中にありますね。

これまでに関わられてきた患者さんとの間で、記憶に残るエピソードを教えてください。

今から20年くらい前、私がまだ心臓外科の医師をしていた頃の話です。ある70代後半の男性に、胸部大動脈瘤が見つかったんです。破裂すれば即死に至ってしまうので、手術をお勧めしていました。しかし、手術をすればその過程で大動脈にある血栓が脳に回ってしまい、脳の血管に詰まってしまうということもあります。普通は1〜2割くらいの確率で起こることなのですが、その患者さんは手術がうまくいっても、脳障害が発生する危険性が強くありました。そのことをお話をしますと、「たとえ突然に死ぬことがあっても、手術はしないでほしい。今は意識もはっきりしているし、もうすぐ孫も生まれる。手術をしないで様子を見たい」とおっしゃられました。それからは月に1回ほど、診させてもらっていました。

その方はその後、どうなられたのですか?

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3年ほどたっても動脈瘤が破裂することなく経過していたのですがある日、奥さまが来られて「3日前に動脈瘤が破裂して、突然亡くなりました」とおっしゃられたんです。ご自宅の縁側でお孫さんと遊んでいた時に突然倒れられたのですが、実に幸せそうな死に顔だったそうです。「本当に、これで良かった。手術をせずに、治療していただいて良かった」と感謝のお言葉をいただきました。その時にあらためて病気を診るのではなく、その人の人生を見ることが大事だと感じました。そういった経験から、開業した今はより患者さんのことを第一に考え、この地域の皆さまの健康長寿に寄与していきたいと考えています。

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