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井上 朱実 院長の独自取材記事

ぽらんのひろば井上診療所

(堺市南区/栂・美木多駅)

最終更新日:2023/10/11

井上朱実院長 ぽらんのひろば井上診療所 main

栂・美木多駅から最短4分で到着する庭代台西口バス停から徒歩3分の場所にある「ぽらんのひろば井上診療所」。長年、総合病院で糖尿病治療に従事してきた井上朱実院長が、東日本大震災をきっかけに「人と人とがつながれる場所を」と2013年に開業した、糖尿病診療に特化したクリニックだ。1階に設けられた広々とした多目的室は、かつての勤務先である病院から引き継いだ患者会、糖尿病の専門家を招聘しての勉強会、管理栄養士による夕食会などのほか、地域のカルチャースクールなども開かれるにぎやかで楽しげな交流の場となっている。こうした交流の取り組みのほか、患者の心のQOL(生活の質)向上を重視する井上院長の考える糖尿病治療などについて語ってもらった。

(取材日2023年8月3日)

東日本大震災を機に「人と人とがつながれる場所」を

これまでの先生のご経歴、診療所の成り立ちを教えてください。

井上朱実院長 ぽらんのひろば井上診療所1

岡山大学医学部卒業後、出身の大阪に戻り、耳原総合病院に入職しました。周囲の勧めで糖尿病を担当することになりましたが、私自身が子育ての時期が重なったこともあって外部での講習もほとんど受けられず、患者さんとスタッフたちに支えられながら糖尿病を一つ一つ学んできましたね。もともと開業は考えておらず、長らく一つの病院で勤め上げて60歳から65歳の間に定年退職を迎えたら、気の合うスタッフたちと自分のペースで診療を続けながら、旅行などを楽しもうと考えたのですが、その思いが変わったのが、2011年の東日本大震災です。災害で何もかもを失っても「人とのつながり」とその場所だけは残った、その光景を目の当たりにし、私も「人と人とがつながれる場所」を地域につくりたいと考え、2013年に開業に至りました。

診療所の歴史と、これまでの取り組みについてもお聞きしたいです。

開業時には病院時代からの患者さんを受け入れ、定年前後の同年代のスタッフたちとともに診療をスタートしました。10年が経過した今は患者さんは半分ほど、スタッフはほぼ全員入れ替わりましたが、現在も当院では糖尿病の患者さんが95%を占めます。開業当初より病院で行われていた糖尿病に関する勉強会、地域勉強会や講演会、患者会などを引き継いで当院で開催してきました。珍しいのは1階が多目的室で、2階が診療室であること。普通の診療所ならフロアが逆だと思うのですが、「人がつながる場所」をつくることが最大の目的だったので、こういう間取りになっているんですよ。外部から先生をお招きして、患者さんも参加する症例検討会や懇親会などを行うこともあります。

そのほかにも多目的室ではさまざまなイベントを行っているそうですね。

井上朱実院長 ぽらんのひろば井上診療所2

院名の「ぽらんのひろば」は、ある童話の中に出てくる広場が由来です。みんなで食べて歌って語って交流する、あの広場のような場所にしたくて、この名前をつけました。かつては歌声喫茶を開催したこともありましたし、現在は当院が開放する趣旨を理解していただける方にお貸しし、歴史と旅のカルチャースクール、地域の子どもたちに着物文化を教える勉強会なども開催してもらっています。このほか当院主催として、管理栄養士が作る血糖値の上がりにくい食事内容や食べ方を体験してもらう月1回の夕食会を行ったり、患者会の際には希望者に昼食をご提供したりと、さまざまなことを行っています。多目的室には患者さんが持って来てくださったミニチュアの立体建築模型、絵や手芸などたくさんの寄贈物があってにぎやかですよ。

血糖コントロールより、心のQOLを大切にしたい

こちらでの糖尿病診療について教えてください。

井上朱実院長 ぽらんのひろば井上診療所3

当院にはエックス線検査機器は置いていませんが、至急検査や生理機能検査には対応しており、病院の外来とほとんど変わりない診療が可能な機能を有しています。その上で大切にしているのは、患者さんの「物語」をしっかりとお聞きすること。状態が悪く緊急の対策や治療が必要な患者さん以外は、糖尿病の話は2割程度にして、その方の人生を話していただくんです。例えば、病気が悪くなった理由や体調不良の内容などですね。そのマイナスなドラマを、ここは良くなっている、ここは楽しんで暮らせているといったポジティブな言葉で評価を入れ替えて差し上げることが、患者さんご自身が「まだ捨てたもんじゃない」「良くなっているんだ」と“物語を変える”きっかけになります。これが外来で行うことができる特に効率的なアプローチだと考えています。

糖尿病治療には心の持ちようが大きく左右するのでしょうか。

そうですね。患者さんにとって「血糖値を下げる」ことが重要かというと、そうではないと思うんです。大切なのは「患者さんがやりたいことを元気にやり続ける」ことであり、それを実現するためには健康状態が良くないといけないので、糖尿病をコントロールしましょうということのはずです。健康は自己実現のための資源であって目的化するものではありません。だからこそ、例えば血糖の状態を良くするために食事で苦しむのは本末転倒とも言えますよね。また、年単位で血糖コントロール状態の指標となるHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)を見ていくと、「単身赴任から帰ってきた」「家族問題でトラブルがあった」など、その患者さんの出来事が数値にしっかりと現れているんですよ。ですから、私たち糖尿病を専門とする医師にとって「患者さんは今、何が大変なのか」を理解することが重要なんです。

資源となる「健康」をつくるのは心とも言えそうですね。

井上朱実院長 ぽらんのひろば井上診療所4

行動変容とHbA1c、心のQOLを並べて考えると、行動が変わればHbA1cは良くなったり悪くなったり、HbA1cが良くなれば心のQOLも変わり、心のQOLが良くなれば行動は変わるなど、そこに相関関係があります。しかし、行動が変わってもそこに無理があればQOLは良くならないですから、行動変容とQOLの関係だけが一方通行の関係であることがわかります。この輪を良い方向に回転させようと思ったら、一番最初にQOLを良くすることが大切なんです。医学はどんどん進んでいるけれど、結局はQOLを良くする取り組みの積み重ねが治療につながるというのが、奈良県立医科大学の石井均先生と心理学者であった故河合隼雄先生の提唱した「糖尿病医療学」としての考え。QOLを良くすることは目標ではなく、すべての土台になるものなんです。

主役である患者をサポートする応援団に

入院加療についてのお考えをお聞かせください。

井上朱実院長 ぽらんのひろば井上診療所5

糖尿病に関していえば、入院しなければできないことというのは非常に少ないんです。そして糖尿病が発覚したての悪い状態の時に入院しても、あまり役に立たない入院になってしまうことが多いというのが私の考え。一生付き合っていく疾患ですから一度は入院することに意味はあると思いますが、病気が見つかってパニック状態の最中に病院に放り込まれるよりも、外来への通院を通じて「自分には何が必要なのか」「どこが納得できていないのか」を理解する準備期間を経てからのほうが改善が望めると感じています。ただ、退院した後すぐに悪化してしまうことも。それは仕事などへの緊張感からくるものが多く、糖尿病において食事だけが影響を及ぼすものではないことを知っていただきたいですね。

今後の展望について教えてください。

病院を定年退職後に始めた診療所で、施設として拡大する必要はないと考えています。自由に診療を行いながら、今を元気に過ごして診療所を維持していくことが目標ですね。患者さんは糖尿病という病気に、生きている限り何らかの形で付き合っていかなければなりません。病気と上手に付き合って良い人生を送っていただけるよう、そのお手伝いができる診療所であり続けたいですね。

読者へのメッセージをお願いいたします。

井上朱実院長 ぽらんのひろば井上診療所6

今後医学が進歩すれば変わりますが、現時点で糖尿病はその方の人生を通してずっとお付き合いしていく病気。かつて糖尿病をはじめとした慢性疾患に対しては「あなたが主治医」などという言葉もあったけれど、主治医ではなくて「人生の舞台はあなたが主役」なのです。そして主役である患者さんに人生でやりたいことをやっていただく、生きたいように生きていただくための応援団が、私たち医師です。現時点で糖尿病など慢性疾患がなくとも、年を重ねるにつれ何らかの体調不良が出てくるでしょう。時間的・地理的な通院のしやすさ、医師への話しやすさなど、ご自身にとって最もアクセスの良い応援団を見つけてください。

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